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靴ベラジカ
靴ベラジカ
novelistID. 55040
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Ungebetenen Gast 招かれざる客

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月の光が辺りを優しく照らす夜の始まり。
三人が坑道を出た頃にはもう鉱夫達はそこにはおらず、
大きな焚火を囲んで、無学でも明るく日々を生きる酔っ払い達に姿を変えていた。
埃っぽい若者が二人。 一人は年若い娘。
カーロッテ坑道では最年少のディーターは落ち着かない様子で
何度も何度も短い髪を掻き上げている。
どういうわけか、酔っ払いの内何人かも此方をちらちらと窺っている。

 「きもちわるいわ、ちょっと水浴び… 泉とか川とかある?」
 「ウェ… あっちに川が」
望む答えを引き出すと、そそくさとレミーはいつもの物憂げな面で
川へ向かって行った。 彼の姿が闇に消えた途端、

 「お前かよちくしょう!!!」
露骨に若き鉱夫は地団駄を踏む。
此方を窺っていた酔っ払いの殆どは肩を落とし、一部はレミーを視線で追った。
ティカは彼らが不満な事は解った。 何が不満なのかは分からないが。
原因が解らなければどうしようもない。 彼女は空きっ腹が
鳴き始めるより前に、レミーのコンテナを開け
次いでだし、と一緒に入れてくれたおやつを一欠けら含んだ。

 「おん… 干しリンゴか?」
ティカは華奢な手で干しリンゴを三等分し、そのうち一つをディーターに手渡した。
口減らしの為とディーターが数年前、村を出て以来会えず仕舞いだったが
二人は幼い頃からの旧友だ。 これでいて甘党なのは彼女も良く知っている。

彼は飾りっ気ない表情でひょいひょいと素朴な甘味をつまむ。
何故かひんやりと冷えているが、その冷たさがとても良い。
幼馴染が残りの三分の一をコンテナに戻した所で、ディーターは訊ねた。

 「アー… あいつ誰?」
 「? 錬金術の先生、ってさっき言ったでしょ」
 「いや、あのそうじゃねえよ、そうじゃねえっての」
 「あ、そうだね。 先生じゃないや。 先生兼先輩だよ」
言葉を詰まらせたディーター。 もう出来てるのか。 それとも昔と変わらず
関心が無いのか。 予想以上に好みの姿に成長したティカを
改めて眺め、彼は下品な想像を浮かべては引っ込めを頭の中で繰り返すばかりである。

 「かご一杯石を掘るだけでこんなに時間かかっちゃったもの。
これ毎日やってるなんて… ディーターはすごいね」
 「エ? あ、あー。 まあ、大した事ねえよ」
 「大した事無いの?」
 「…ホントはまじで辛い」
 「そっか」
干しリンゴを摘みながら、
ティカはコンテナから何かを幾つも取り出していく。 ディーターも良く知っているそれだ。
そのうち一つが手渡された。 特徴のある艶めく赤。
母が時折貰って来ていた、 ―実家の前にあった、あの畑のリンゴだ。

 「アルノーさんに教えてもらったよ。 お砂糖も油も使わない、
干しリンゴのレシピ」
リンゴが有ろうと無かろうと、彼の暮らし向きが明るく変わるわけではない。
輝く金銀という喜ばしい客が訪ねてくる事もないだろう。
しかし若き鉱夫の目は少しだけ輝きを取り戻した。
招かれざる客は確かに、暗い道のりを進む男に小さな幸せを与えたのだ。

 「もう夜だけど、今から作る?」
 「…ああ」
 「よかったら、他の人にも分けてあげてね」
 「…ああ……」

ディーターの顔は涙でぐしゃぐしゃだった。
でも、心は不思議と晴れやかだった。

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