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荏田みつぎ
荏田みつぎ
novelistID. 48090
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あの世で お仕事 2 (三途の川)

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戦う相手が居なくなった六法堂、石段の上で懐手をして、威勢の良い啖呵を切った老人を睨みつけた。老人は、呆気にとられて身動き一つ出来ないで居る。老人に歩み寄る六法堂。鬼達が手玉に取られるのを目の当たりに見て、怖さを通り越して立ちすくむ親分然。
「思い知ったか、懸衣翁! 其処の奪衣婆! 閻魔様の特別のお計らいというのは、お前達、二人だけのものではないのです。此処から冥途へ渡る者達全てのものなのです。人間達が、その罪に応じて、橋を渡るか急流を粗末な船で渡るかは別として、その全ての人間達を冥途へ送り届けるのが、お前たちの役目です。
その渡し賃は、いずれも六文。それなのに、六百文という法外な値段を吹っ掛けるとは言語道断です。只今からすぐさま賽の河原に行き、桟敷席を撤去の上、河原での子供達の石積み見物は廃止しなさい。鬼達が子供を小突く事も、許されては居ません。小石を蹴散らすだけで充分です。そして、子供達には、毎年新しい着物と履物が、閻魔様から届けられている筈です。もっと清潔な身なりで暮らせる様に、気配りするべきです。」
と、二人に懇々と話した。
元はと云えば、懸衣翁も奪衣婆も、心優しい人間であった。その生前の善行に依り、賽の河原の番人としての役目を授かった。
六法堂の話を聞きながら、懸衣翁と奪衣婆の二人は、怖さも手伝って改心しようかな~、と思い始めた。
思い起こせば、二人とも、生前は、六法堂が話した様に優しい心根の持ち主だった。自分の食べ物が無くても、困っている人を見れば助けずに居れなかった。それが此処に来て、長い年月を経るうちに、強欲な、他人をも顧みぬ鬼と化してしまったのである。
生前の事を思い出すうちに、二人は、心の内側から何か爽やかな風が吹き始めるのを感じた。そして、その風は暖かく、彼らの体の隅々まで新鮮な血液を運び、今まで忘れて居た、生前の貧しくとも穏やかな日々を思い起こさせた。
二人の目に涙が浮かんで来た。その涙は頬を伝わり、あの世とこの世の境界である賽の河原の地に浸みこんだ。
わなわなと震える口元からすすり泣く声が出始め、間もなく号泣へと変わった。六法堂は、その様子を暫く黙って見て居た。そして、
「分かって貰えれば、それで結構です。もう、泣くのは止めなさい。」
と、優しく言った。

南大門の捻挫は、以外に重症だった。おまけに腰をしたたか打って居たので、怪我が治って冥途へ旅立てる様になるまで、三人は、懸衣翁と奪衣婆の屋敷に逗留する事になった。
六法堂は、先を急がねばとイライラし通しであったが、南大門は、
「これで待機所の瓦の枚数が分かるぞ。それに、暫く逗留するのなら、他にもっと確かめたい事もある。」
と、喜び、鬼達に担いで貰って、連日のように賽の河原へ出かけて行った。
南大門が歩ける様になるまでに、十日程要した。
三人が、冥途へ旅立つ頃には、賽の河原は見違える様に秩序正しいものになって居た。子供達は、はしゃぎながら鬼から逃げ回り、追いかける鬼達も、顔こそ怖いが何処となく楽しそうに小石を蹴飛ばしている。待機所で抱き合って泣く鬼は、もう一匹として居ない。追いかけ、追いかけられる者達を、周りの皆は、笑顔で見守っている。
取り壊された桟敷の跡には、数十本の衣領樹が新たに植えられた。これで此処へ来た人間達が、三途の川を渡る為、長い待ち時間にイライラする事も無くなるだろう。

大勢の見送りに囲まれて、三人は、三途の川の岸辺に居た。
いよいよ、今日、冥途へと向かうのだ。
鬼達は、六法堂にそれぞれ別れの挨拶をしている。特に、屋敷の前の広場で散々な目に逢わされた者達は、一種畏敬の念を持って六法堂を見ている。
懸衣翁が、南大門と話している。
「南大門先生、あの若いお方は、大したものですねぇ。とうとう最後まで名前を明かしては貰えなかったが、立ち振る舞いといい、話しの内容といい、相当立派な、地位も名も有るお方なのでしょう。それにまた、腕っ節が強い。きっと、冥途に行ってからも、すぐに出世しますよ。ええ、私の目に狂いはありません。何しろ此処で無数の人間を見て来ているのですから・・・」
と、懸衣翁は、話した。南大門は、
「な~に、まだまだひよっこですわい。わしの鞄持ちくらいしか出来ん。」
と、嘯いた。二人の話を、奪衣婆は、笑いながら眺めている。
そこへやまちゅうが、不満そうな顔をして現れた。そして、
「おい。懸衣翁の爺さん。他の二人は橋を渡れるのに、どうして俺だけ穴の空いたボロ船で渡らなきゃならないんだ?」
と、尋ねた。懸衣翁は、
「ああ、やまちゅうの兄さん。仕方ないのですよ、規則ですから。」
と、答えた。何がどうして仕方ないんだい? というやまちゅうに、また答えて、
「それは、あんたが、自ら招いた事ですよ。ほら、先日、桟敷の跡に植えた衣領樹の枝に、暑いからと言って着ていた上着を脱いで、掛けたでしょう? その時、枝が折れたのを覚えて居ますよね。実は、あの木は、只の木じゃあ無いのです。」
懸衣翁は、話を続けた。
「まず人間は、死ぬと三途の川を渡らねばなりません。川を渡る前に、生前の罪業の重さをわしらが量ります。と言っても、閻魔様の様に詳しく調査するのとは違い、簡単な方法で量るのです。それは、人間達の着て居る服を、衣領樹の木の枝に掛けて見るのです。罪業が軽ければ枝は撓みません。しかし、罪業が重くなるにつれて、枝の撓みは大きくなります。枝が全く撓まなければ、橋を渡り、少しの撓みなら緩やかな流れを渡るのです。枝の撓みが大きくなる程、急な流れを渡らねばなりません。それが、此処の規則なのです。やまちゅうの兄さんが、先だって着物を枝に掛けた時、枝はその重みで折れてしまいました。余談ですが、枝が折れるなど前代未聞の事です。ですから、あんたは、規則に従って、一番粗末な船で最も急な流れを渡らねばなりません。」
傍で聞いていた六法堂が、
「やまちゅう、規則だから仕方ありません。此処であなたがそれに従わないで、私たちと一緒に橋を渡れば、折角戻った秩序がまた乱れます。まあ川を渡り切るまでに、十艘中二~三艘沈む程度ですから、運の強いあなたの場合、大丈夫でしょう。また向こう岸で逢いましょう。」
と、笑いながら言った。やまちゅうは、
「命を奪われた上に、最悪の方法で三途の川を渡らされたのでは、まったく合う話じゃあない。」
と、一人ブツブツ言いながらも、一人だけ小さな古臭い船の方へ歩いて行った。
南大門と六法堂も、それではお達者でと、見送る者達に声をかけて、ゆっくりと橋を渡り始めた。

南大門と六法堂の二人が、三途の川の対岸に着いて、待つ事六日六晩。日も落ちて薄暗くなりかけた頃、今にも沈みそうな船の上でずぶ濡れになって、水を汲み出すやまちゅうの姿を見る事が出来た。
やっとの事で岸辺に着いた人間達は、息も絶え絶えに、その場に倒れる様に体を投げ出した。やまちゅうも例外ではない。南大門が、
「やっと着いたか、やまちゅう。もう待ちくたびれたぞ。さあ、日が暮れぬうちに先を急ごうぞ。」
と、早速、先を急がせたが、やまちゅう、大きな息をしながら、