あの世で お仕事 2 (三途の川)
「爺さん。久しぶりに逢う早々、挨拶もせずに冷たい事を言うなぁ。あんた達と違って、俺は六日六晩一睡もしないで水を汲み出して居たんだぞ。少しは俺の身にもなってくれ。」
と、泣き事を言い、結局、その日は其処で野宿となった。
六法堂の差し出す水と糒で、少しは元気を取り戻したやまちゅうが、下着姿で濡れた衣服を乾かしながら、
「しかし、三途の川の流れの凄さといったら半端じゃなかったぞ。何しろ泳ぎが達者な筈の河童が、四~五匹も流されて行くのを見た程だからな。」
と、その渡河の困難さを話した。六法堂が、
「大変だったでしょうが、やまちゅうは、良い経験をしました。人間、嫌な事でも経験して見る事です。あなたも最初はそれ程困難なものとは思わず、何とか対岸に着くだろうと思って居たでしょう。が、実際は違った。水を汲み出さなければ、船は本当に藻屑となって流されてしまいます。そこであなたや他の者は初めて必死になって、皆で揃って水を汲み出し始めます。考えている間などない筈です。何も考えず、ただただ只管に水を汲み出すのです。そして、ふと気付けば対岸近くまで来ていたという事です。実は、あなた達が必死になって居た時、生前の業が幾らか消されて、船が沈まず進んだのです。」
と、やまちゅうに説いた。
「へぇ~、そういう事かい。で、如何ほど俺の業が消えたんだい?」
と、やまちゅう。六法堂は、空で瞬く星を見上げながら、
「やまちゅうが、極楽の「ご」の字を読む間も無いくらいには消えたでしょう。」
と、答えた。
三途の川の両岸に在る河原は、広い。その河原の先は、雲より高い山である。日が落ちたとはいえ、点々と星を配し、遠く灰色の空の色を背景に、緩やかに稜線を描いている山々が見える。金剛山を中心とする山並みである。
明日は、いよいよその山を越える。
そして、山を越えれば、冥途が広がって居る。
まずは、三人が旅立った閻魔殿。続いて、あらゆる責め苦が、延々と繰り広げられて居る数多くの地獄。地獄を過ぎれば、更に金剛山の別むねへ。其処に登れば、須弥山を中心とした鉄囲輪山が一望される。天水を満々と蓄えた大海水も見える。
しかし、そこまでの距離は、はかり知れない。四門地獄から遥か八万由旬の世界である。
作品名:あの世で お仕事 2 (三途の川) 作家名:荏田みつぎ