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荏田みつぎ
荏田みつぎ
novelistID. 48090
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あの世で お仕事(1)

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加えてその者達は、地獄行きが決まると一様に嬉しそうな表情をする。中には、
「やった~、地獄行きだ~!」
などと心の中で、喜んで居る。
まあ、地獄とは人間たちの想像を遥かに超えた辛苦の世界。例え不埒な企てをもって行ったとしても、その日のうちに後悔する。であるから、多少の不審者に対しても、改ま
った詮索などせず、そのまま地獄へ送りこんでいた。
しかし、つい五百年ほど前、地獄の役人たちの仕事ぶりを見ようと、抜き打ちで行ってみたところ、あまりの規律の乱れに内心驚いた。
居眠りをしている鬼。髭を剃り、髪型ばかり気にする鬼。釜茹でに使う油の生ぬるさに至っては、話にならない。僅か一千八百度程度しかなかった。
そして、極めつけは現場で働く平鬼(ひらおに)たちを管理するカチョ鬼(かちょき)やブチョ鬼(ぶちょき)ども。何と事もあろうに、その曲がりくねった精神や、生前の悪行の矯正を目的に送られて来た女子どもに、昼間から酌をさせてのドンチャン騒ぎ。
表沙汰にすれば、地獄の信用丸潰れになりかねんので、極秘で早期退職扱いとして、事実上の粛清を行った。
大方は、片付いたのだが、その時どうしても首謀者を割り出せなかった。というより、予てから怪しい奴と睨んで、身辺を調査させている鬼が居るのだが、わしが見廻りに行ったその日、丁度その鬼、出張でその場に居合わせなかったのだ。
処分を受けた鬼どもも、首謀者の名を頑として口にしなかった為、そのまま今日まで来ている。
だが、最近、またぞろ地獄の規律の緩みが上層部で囁かれ始め、わしも立場上何とかせねば・・・と思っていたところであった。

「そこでじゃ、南大門。お前、その地獄の悪の首謀者の尻尾を掴み、ついでに奴を地獄の最下層に未来永劫放り込んで来てくれんか。そうすれば、再調査などせず、一件落着の暁には必ず極楽行きの切符を切ってやろう。お前は、此処へ来たばかりで面も割れて居らん。地獄へ行ったとしても、疑われる事なく受け入れられるであろう。」
閻魔に言われて南大門は困り果てた。
返事は、イエス、しかない。しかし、いきなり鬼退治しろなどと言われても、すぐに『はい』とは答えられない。
(此処が、思案の為所ではある。が・・)
そこは生前やるべきことは、きっちりとやって来た南大門。腹に力を込めて、
「はい。よろしゅうございます。」
と返事をした。

(さて、やると返事はしたものの、一体何から手を着ければ良いのやら・・・。天上界の様子もさっぱり分からないし・・少しばかり落ち着いてみれば、結局地獄へ行かねばならないし・・・それに、わしは、今年の誕生日で数え歳で、丁度80歳じゃ。頭と口には自信があるが、足腰の衰えは隠しようもない・・・。さては閻魔め、体の良い口実をつけて、わしを地獄へ追いやるつもりか?)

「これ南大門。わしを詐欺師呼ばわり致すか!。此処は天上天下唯一無比、公明正大な閻魔大王の執務室であるぞ!。」
閻魔は、怒気を滲ませた表情で、声高に南大門を叱りつけた。しかし、少々やけっぱちになっている南大門、ここで言いたい事を言っておかねば気が納まらない。それに、歳
のせいで目が薄く、怒気を含んだ閻魔の表情がはっきり見えない。顔の造作など二重に見え、笑いを堪える時もあるくらいだ。
「お言葉じゃが、閻魔さん。よう考えて下されや。あなたの仰る事はよく分かり、わしで良ければいくらでもお手伝い致したい。しかし、既にお分かりの様に、この世界の事が右も左も皆目分からぬ者に、仰せの様な仕事が一体何処まで出来ます事やら・・・。わしが、閻魔さんの口実かと勘繰るのも少しはお分かり下され。」
「うむ、それも道理じゃの。」
と、落ち着きを取り戻した閻魔に、重ねて南大門、
「そこでじゃ、閻魔さん。この仕事、確かなものにする為に、わしに伴の者をば付けて下さらんか?」
「伴の者じゃと?」
「はい、左様で。」
「・・うむ、それもまた道理じゃの。それで、誰を付ければよいのじゃな?」
「はい。まずはそこの若い方のお役人、六法堂さん。いや、ひと目見ればすぐに分かりますでな、その方の優秀さは。道々天界の事など教えて頂けるであろうし・・・。」
いきなり名指しされた六法堂、少々狼狽気味に、
「わ、私は、なりません! 此処で閻魔様の補佐をしなければ・・・」
と、閻魔の顔を見た。閻魔、暫し考えて、
「よかろう。六法堂よ、南大門の伴をいたせ!。」
ええ~っ?、という様な表情を浮かべたまま六法堂は、
「閻魔様の仰せであれば、この六法堂従いまするが、私が留守を致す間、一体誰があなたさまを補佐するのですか?」
「六法堂よ。まさか忘れた訳ではないであろう。地獄の百年は、此処で申せば僅か一分程もない。お前が十分ほど席を外したとて、何程の事があろうか。それに、考えてみれば、これはお前にとっても良い経験になるやも知れん。」
閻魔にそこまで言われると、拒む事など出来ない。
「はい。仰せの如く致します。」
と、六法堂は、深々と頭を下げた。それを見届けて南大門、
「さて、次の者ですが、これは少々閻魔様に手荒な事をお願い致さねばならないのですが・・・」
「何?。まだ伴が欲しいと申すのか?」
南大門、無言でこくりと頷いて、
「その者は、この世界には居りませんのじゃ。つまり、未だ人間界で生きて居りますのじゃ。」
「なっ、なんとっ! 生きた人間を伴に致したいと申すのか?」
「はい、左様で。」
「人の寿命は、決まって居る。まだ下界で生きておる者を地獄へなど送れる訳がないであろうが!」
「そこはひとつ閻魔さんの御威光で、何とかしてくださいませんか。」
「・・・」
「その者、名を矢間忠(やま・ただし)と申しまして、通称、やまちゅう、と呼ばれて居ります。」
「・・・・」
「な~に、構いはしません。あの者、少し変わり者でしてな。本人が納得しさえすれば、今すぐお呼びがかかっても、喜んで此処に来るでしょう。幸い、やまちゅうは、天界
との交信術を心得ている。宜しければ、わしが直接口説いてしんぜますがな。」
南大門の荒唐無稽な申し出に、閻魔は声も無い。
しかし、この申し出を断れば、南大門が地獄の大掃除役を『止~めた』と言うのは間違いない。
閻魔は、取り敢えず矢間忠なる者の調査を陰陽に申しつけた。

陰陽は、たちまちのうちに矢間忠に付いて調べ上げた。

「どうじゃ?。矢間なる者の報告を致せ。」
閻魔に問われて、陰陽が、
「はい。掻い摘んでの報告でよろしいでしょうか? (閻魔、頷く)・・・分かりました。姓は、矢間、名は、忠。
放蕩無頼の限りを尽くし、既に死亡して地獄に送られている男を父とし、未だ生きてはおりますが、忠を産み落とした後、出奔し、その後、行方知れずとなっている女を母に持つ者でございます。
従って、この忠は、祖母の手で育てられました。その祖母は、人間の出来た人物で、忠に人の道などを説き聞かせながら、彼が乳飲み子の時から、約10年ほど育てた後に死亡。現在、極楽にて、不自由のない暮らしをしております。