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荏田みつぎ
荏田みつぎ
novelistID. 48090
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あの世で お仕事(1)

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「そりゃあ、地獄へ行くのは怖いですよ、閻魔さん。生前、寺の和尚から色々聞いとりますでな。しかし、この場に及んで考えてもせんない事でしょう。わしの人としての生き様の評価が、地獄・極楽、そのどちらかの切符を与える訳ですから。まあ、もう少し善行を積んでおけば良かったかのう、とは思いますが、もう遅い。考え、悩んでもどうにもならん事は、考えん事として生きて来ましたでな。」
「そうか。まあ、これから自分がどちらへ行くにしても、その様に割り切った考え方が出来れば納得するのも早いであろうて。例え地獄へ行くような事になったとしてもな・・・」
「えっ?、わしは地獄行きですかい・・・?」
「例えばと言って居る。そう急くな。」
「はいはい、急きはしませんが、なるべくなら早う決めて頂きたいもんです。先程から少しばかり催して来ておりまして・・どうも歳をとると小便が近うなっていかん。」
「これっ!、この神聖な席で濫りにその様な事を言うでない!」
「しかし、閻魔さん。事実は事実。黙って我慢して粗相でもすれば、それこそ失礼千万。・・う~ん、これはもう辛抱堪らん。ちょっと其処の姉さん、何処で用足しをすれば良いのかな?」
いきなり話を振られて、南大門を涼やかな声で呼び入れた女性は、やや狼狽気味に身を捩りながら、上目遣いで閻魔の表情を覗った。
「うーむ、仕方ない。この者に用足しさせよ。これ南大門、普段であれば、そのような我儘は許されぬのだが、生前の善行に免じて特に許す。早う行け!。戻るまでにはお前
の行先を決めておく。」
南大門は、閻魔に礼を言うのもそこそこに席を起ち、忙しそうに部屋を出た。
南大門が、用足しの為そそくさと席を起った後の部屋は、閻魔と二人の役人との三人だけになった。
役人の一人の名は、六法堂聖信(ろっぽうどう・せいしん)。実際の年齢は不明だが、人間に例えれば、三十代半ばの好男子といったところ。彼は、天界のあらゆる法律に通じ、頭脳明晰、次期閻魔職の最有力候補との噂が高い。やや自信過剰気味で、出しゃばるところはあるが、天界のエリートである事に間違いはない。
もう一方の名は、陰陽日月(いんよう・にちげつ)。これまた人間で云えば、五十歳前後の実直そうな感じである。日頃から必要な事しか話さず、やや暗いイメージで捉えられがちだが、閻魔をこよなく尊敬し、陰に日向に彼を支え、特にその事務能力は天上一品である。

六法堂が、いぶかしげに閻魔に問うた。
「閻魔様、確かあの宇土南大門の処遇については、既に採決されていた筈ですが・・・。何をもってあのような無礼千万な口をきく事までお許しになって採決の申し渡しを送らせておいでなのしょうか?」
問われた閻魔、それには応えず目を一点に留め、机に置いた片手の指をコン、コンと机に落とし続けている。閻魔が考え事をする時の何時もの癖である。
それに気付いた六法堂は、暫く黙って閻魔の言葉を待った。
閻魔は、机をコン、コンと叩くのを止め、
「う~ん・・」
と唸りながら腕組みをして体を椅子の背もたれに預けた。丈夫な椅子が僅かに軋む音がした。
六法堂は、ちらりと陰陽を見た。陰陽は、書きものの手を休め閻魔を見続けていた。
今までに人間界から来た者に対し、閻魔がこの様に採決を言い渡すのを遅らせた事は、六法堂の記憶には無い。
(一体閻魔さまは何をそんなに考えていらっしゃるのか?・・・。・・・!、まさかっ!・・・)
六法堂が、ひとつの考えにたどり着いた時、閻魔の貧乏揺すりが始まった。これは、彼の中で結論が近づいた事を意味する。
閻魔の表情を覗いながらも、二人の役人は互いに目を合わせた。
閻魔の貧乏揺すりが止まった。
彼は、腕組みを解き、椅子に持たせかけていた体を起こした。そして、六法堂と陰陽を交互に見ながら、ゆっくりとした口調で
「お前たちの予想通りじゃ。わしは、あの爺さんにやらせてみようと思う。」
一瞬の沈黙。六法堂が、閻魔に話しかけた。
「しかし、・・閻魔さま。あの南大門は、つい今しがた此処に来た云わば新参者。まだ天上の規則などもさっぱり分かってはおりません。やや荷が重すぎはいたしませんか? 確かに生前の彼は善行を積んでおります。しかし、善行多き者、また悪行も多し、という諺もございます。私が調べたところに依りますと、どうも女子にだらしが無い。彼の若い頃からの失敗という失敗は、その殆どで女子が絡んでおります。尤も、それさえ無かったなら、かくも永い間、人間をやっておる事も無かったでしょうが・・・」

六法堂の話が途切れた時、用を足し終えた南大門が、またぞろ部屋に戻ってきた。
「いやー、お待たせしました。お許しくだされや、よる歳並みで・・・、若い頃はもっと勢いよくさっさと済ませておったのじゃが、最近、特にキレが悪うなりましてな。」
南大門の言葉には応えず、陰陽が元の席へ座る様促した。南大門、よいこらしょの声と供に元の席に座り、
「さて、閻魔さん。わしの行先は決まりましたかの?」
と問うた。もはや彼の態度は、地獄行きか極楽行きかの判断を待つ者のそれではない。どちらへ行かされようと、はいはいと二つ返事で受けてやるとでもいう様な、ある種の開き直り。あるいは、人生思い通りに生き、やりたいことは全てやってきたという様な、サバサバとした爽快感の様なものさえ感じられた。
閻魔は、南大門に向かって、
「それでは南大門。これからお前の行先を宣告する。謹んで聞くがよい。」
それだけ言って閻魔は一呼吸言葉を止めた。そして、
「宇土南大門。生前の善行、素晴らしきものこれあり。依ってお前は極楽行き。」
「はいはい、有り難うございます。」
南大門は、ゆっくりとした動作で、深々と頭を下げた。そして、
「いやいや、極楽とはまったくもって素晴らしい処だそうですな。何ですか、一度そこに住み始めると、もう二度と他の世界になど行きたくなくなる程だそうで、わしはもうどうしても極楽の方へ行きたいもんじゃと思うておりましたのじゃ。」
と、嬉しそうに話した。それを聞いて六法堂が、
「南大門、その極楽の話も寺の和尚から聞いたのですか?」
と、問うた。
「いや、白黒寺の和尚は、極楽の話なんぞせん。あやつ、地獄の話ばかりしおって、その度にわしから銭を巻き上げおった。地獄へ行きたくなければ、沢山寄進をする事じゃと言うてな。今、思うに忌々しい奴め。今度出逢うたなら、皮肉の一つも言うてやりましょう。」
「これ!、関係の無い話は、せずともよろしい。」
「ああ、そうであった。ついつい、要らぬ事を申しました。極楽の話は、チーちゃんから聞きましたのじゃ。」
「チーちゃん?」
「そう。ほれ、其処に居る。わしを用足しに案内してくれた姉さんの事ですわい。」
「南大門!、其処の女史ならば、智深清好女史という立派な名前が有ります。此処では、人を呼ぶ時、必ずその姓、若しくは名のどちらかで呼ばねばなりません。事もあろう
に初対面の女史に向かって、チーちゃんなどとは以ての外です。」