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荏田みつぎ
荏田みつぎ
novelistID. 48090
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あの世で お仕事(1)

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「おい、其処のお方。わしは、先程から随分待たされておるが、まだ待たねばならんのか?」
老人は、いらいらしながら役所の係り員に尋ねた。
声をかけられた役人は、やや戸惑った表情を浮かべたが、すぐに笑顔で、
「爺さん、もう少し待ってくれ。間もなくお呼びがかかる筈だ。」
と応えた。しかし、老人は納得しない。
「あんた、そういうが、わしよりも後から来た者どもが、どんどん先に名を呼ばれておる。一体全体どうなっとるんじゃ。」
「そう言われても、私にも中の事は分からないんだ。」
役人は、兎に角待つようにと言って、老人から離れて行った。

「宇土南大門さん、お待たせ致しました。どうぞお入りください。」
執務室の扉を開き、うら若き女性が、涼やかな声で老人の名を呼んだ。
声を掛けられたなら、小言の一つでも言ってやろうかと考えていたところだった。が、自分の名前を呼んだ女性のあまりの美しさに気を殺がれ、宇土南大門は、彼女が招く部屋へと黙って入って行った。

彼が呼び入れられた部屋は約40畳ほどの広さ。入口の側を空けて、正面と左右に、立派な机がコの字型に並べてある。
特に正面の机はひと際大きく、椅子もそれに合わせて、例え相撲取りが座ったとしても、びくともしそうにないものであった。
「宇土さま、どうぞおかけ下さい。」
先程彼を呼び入れた女性が、コの字型に並んだ机のほぼ中央に置かれた椅子を指しながら言った。
宇土南大門は、黙って前に進み、椅子に腰を下ろした。

「こちらが、例の宇土南大門です。」
老人の左側の机に着いている役人が、正面の役人に言った。
正面の立派な髭を蓄えた役人は、黙って頷いた。そして、南大門に向かって、
「俗名、宇土南大門。お前は、ひと月ほど前に人間としての役割を終え、此処に来た。下の世界でのおまえの働き、まことにもって見事であった。」
と重々しくった。
そう言われた南大門、ぽかんとして暫し声が出ない。
(・・・俗名・・じゃと?・・・人としての役割を終えた・・じゃと?・・それじゃぁ、まるでわしが死んだかの様な言い方ではないか・・・)
「そうです、宇土さん。あなたは、亡くなって此処に来たのです。」
右側の役人が、静かな調子で、南大門に彼の死を伝えた。その言葉を聞いた彼は、驚きの表情とともに声の主を見た。役人は、優しい口調で、
「此処では、あなたが頭の中で考えていることなど筒抜けです。それが所謂<あの世>という処のひとつの特徴です。」
と告げた。
いきなりの話に、色々納得がいかぬ南大門。
「しかし、わしは痛いとも痒いとも、な~んにも感じなかった。それに、確か其処のお方が先程云うには、わしが死んでから既にひと月も経っておるとか・・・。わしには、何だかよう分からんが、気が付いた時には、此処の門前に並んでおったのじゃ。随分待たされはしたが、それでも2~3時間ほどのものであったが・・・。」
と南大門は、誰に言うともなく呟いた。右側の席の役人が応えた。
「人間界のひと月は、この世界ではほんの一瞬。瞬きするほどの間でもありません。ただ、あなたは、ほんの今しがた亡くなったばかり。だから、人間界での時間の感覚がまだ少し残っているのでしょう。すぐに慣れますよ。それよりも、まずあなたは、新しい世界へ来たのだという事をはっきりと認識するのが先決です。」
教え諭すように話す役人を見ながら、南大門は、徐々に落ち着きを取り戻し、同時に新たな不安を抱き始めた。
それを見透かして、役人は言葉を続けた。
「まあ、徐々に此処の決まり事などを覚えて行けば、所謂<あの世>もそんなに捨てたものではありませんよ。特にあなたの場合、人間界での活躍が顕著であったので、かなりの特典が与えられる筈ですから・・。」
すると、それまで二人の会話を黙って聞いていた正面の立派な椅子に座っている髭面の役人が、
「ウォホン!」
と咳払いした。
右側の役人、すかさず正面を向き、
「これは閻魔さま。私、つい云わぬでもよい事まで云うてしまいました。」
と、深々と頭を下げた。
(・・閻魔さまじゃと・・・?)
南大門は、改めて正面に座る髭面に目をやった。
「そうじゃ、南大門。わしこそが人間界で最も恐れられている閻魔大王であるぞ。」
南大門、ぽかんとして、今度は開いた口が塞がらない。
(・・今、わしの目の前に居るのが閻魔さんじゃとすると・・此処は、正真正銘、地獄の一丁目。わしは、地獄へ追いやられるのか?・・・やれやれ、こりゃ、大事じゃわい。人の生死は、己が自由になり様もないが、出来る事なら死ぬんじゃなかった・・・)
突然、その部屋に居る者達が、大声で笑い始めた。特に、一番の強面の閻魔が、腹を抱えて笑っている。そして、一頻り笑った後、
「これ南大門。その様な心配などせずともよい。わしは、地獄の最高責任者ではない。下界の者どもは、閻魔と云えば直ぐに地獄と結びつけたがるが、それは誤解じゃ。分かり易う云えば、わしは、最高裁判所の長官の様なものじゃ。わしの判断ひとつで、地獄行き極楽行きが、たちどころに決まるのじゃ。」
と話して聞かせた。
「ああ、そうですか。未だ死んだ実感が湧きませんが、皆さんが仰るのですから、わしは確かに死んでおるのでしょう。それで、閻魔さん。わしは一体どちらへ行かされるのでしょうか?極楽ですか?・・それとも地獄でしょうか?」
と南大門が問うた。
「うむ、暫し待て。」
閻魔は、机の上に有る分厚く大きな台帳を引き寄せ、おもむろにページを捲り始めた。
(・・ははあ、・・あれが閻魔帳じゃな・・・生前、懇意にしておった白黒寺の和尚が時々話しておったが、本当の事じゃった。・・おお、台帳を捲る手を停めたぞ・・あの辺りにわしの事が書いてあるのじゃな。・・・それにしても、大きな台帳じゃのう。やたら育ち過ぎたヤツデの葉の様に大きな閻魔さんの手でしても、扱い兼ねるほどの代物じゃわい。・・・ん?、・・一度に2枚捲った様じゃな。はっはっはっ・・わしにも覚えがある。特に歳をとってからは、指先がツルツル滑って本を読む時困ったものじゃ。・・・ということは、この閻魔さんもかなりの歳か?・・・一見顔じゅう髭だらけで皺が目立たぬが、案外永く閻魔をやっておったりして・・・)
「これっ、南大門。そこであーでもない、こーでもないと下らぬ事を考えるでない。気が散ってしょうがない。」
と、閻魔が、台帳から目を離して言った。
「ああ、こりゃ、すまぬことで・・・。わしが頭で考えただけでも聞こえるという事を、つい忘れておりました。」
「うむ、分かればよい。それにしてもお前、やけに落ち着いておるのう。普通、此処へ来た者は、縮みあがっておどおどし通しじゃが、お前は事もあろうにわしの観察まで始める始末。もしも地獄へ行かされたら・・等とは考えんのか?」
問われて南大門は応えた。