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わたなべめぐみ
わたなべめぐみ
novelistID. 54639
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ファースト・ノート 12 (最終話)

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 彼らはそう言っているものの、要はしばらくバックバンドの募集をやめるつもりでいた。『ラウンド・ミッドナイト』でのライブ以来、バックバンドのメンバーに頼ってばかりいた自分を、いちから叩き直さないといけないと強く感じていた。

 要は足元に置いていた大きな手荷物を肩にかけて言った。

「搭乗の時間に間に合わなくなる。急ごう、はっちゃん」

 初音をうながして晃太郎の車に向かうと、初音がじっと要を見上げてきた。

「ねえ、そのはっちゃんって、いつまで言うつもりなの?」
「別にいいじゃん。呼びやすいし」
「じゃあアメリカに行く前に、そう呼ぶ理由くらい教えてよ」
「理由……」

 そうつぶやきながら、初音の顔を見た。センターで分けたストレートヘアはずいぶん伸びて、腰にかかるほどになっていた。彼女の顔に、髭の長い猫の顔が思い浮かぶ。

「そうだ……思い出した。鉢割れのはっちゃんだよ」

 初音は首をかしげたが、要は構わず続けた。

「俺が小っちゃかった頃、よく庭に遊びに来る猫がいたんだ。顔が黒と白の鉢割れ模様で、近所の人がはっちゃんって呼んでたんだけど、いつの間にかいなくなったんだ」

 そう言って草の生い茂る庭の方を指さすと、初音は怒ったような声を出した。

「なにそれ。私は猫だっていうの?」
「そう、そっくり。ツーンとした顔して、喉をゴロゴロ鳴らすとことか」

 自分で言いながら、要は笑ってしまった。猫の喉をなでるしぐさをすると、初音が「やめてよ、もう」と腕をふり上げて、要の胸を叩いた。

「俺には大切な家族だったんだ」

 静かにそう言うと、握った初音の手首から力が抜けるのがわかった。

 要はもう一度、自宅を見上げた。父がこの古びた一軒家に手を加えようとしなかった理由が、今ならわかる気がした。

 はがれおちた土壁、灰色に濁ったすりガラス、がたついた木製の窓枠。飛び石が抜け落ちた石畳、砂利を巻きこんだままの引き戸――

 つらい記憶の断片に、父のうしろ姿が見える。

 生暖かい風が要の頬をさらう。雲間からさしこむ一筋の光が屋根瓦を照らす。

 誰もいない二階の窓から、優しいピアノの音色が聞こえる。

                                (完)