慟哭の箱 4
椅子
気が付くと、旭は椅子に座っていた。軋む音からすると粗末なパイプ椅子らしいがよく見えない。あたりは薄暗くて、視界がきかないのだ。ここはどこだろう。
「ねえ、本当にいいのかしら?」
女性の声が空間に響く。はっとして顔をあげると、隣に誰か座っている。足元がうすぼんやりと見えるくらいで、姿や顔はわからない。足元は、華奢なヒールのサンダルを履いている。
「…別にどうでもいーよ」
男の声。女性の隣に足元が見える。同じように椅子に腰かけているようだ。裸足だ。
(ここは何だろう…このひとたちは誰だ…)
旭は目をすがめてあたりを観察した。よくよく見れば、数脚の椅子が、輪になっておかれており、そこに旭を含めた何人かが座っているのだった。足元だけがぼんやりと見える。囁くように会話をしている者たち。
「…ぼくは、おまわりさんを信じる。あのひとはいいひとじゃないかな…。それに真尋なら、うまくやれるもん」
子どもの声も聞こえる。ビーチサンダルをはいた足は床につかず、不安げに揺れている。
(おまわりさん…?なんの話だろう…)
旭は、会話に入れずに聞いていることしかできない。
「真尋(まひろ)」
ぞくりとするくらい冷たい声が響いて、旭は身体をこわばらせた。若い男の声だったが、感情がない。冷たく、氷のような声。その男の足元は、きれいに磨かれた革靴だった。