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33粒のやまぶどう  (短編物語集)

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「おかえんなさい」
 夏子はどうも機嫌が良さそうだ。何はさておき、これが一番。高見沢は安堵する。

 だが、早速夏子から「あなた、あれ買ってきてくれた?」と確認される。
 ここは待ってましたとばかりに、「ああ、これだろ」と、高見沢は自信たっぷりに袋から千枚漬けを取り出す。
 ところがどっこい、世の中そうは問屋が卸さない。「違うわよ、これ。あなた、あれが欲しいのよ」とブー。
「じゃあ、あれは……、これか?」と、次に赤かぶらの切り漬けを取り出した。
 事ここに至って、あ〜あ、あにはからんや、弟はかるや、いや妻はかるやだ。

「そんなんじゃないわよ、あなた。まだわかんないの、あれよ」と夏子の目がつり上がる。
 これはちょっとヤバイことに。こんな漬け物騒動から離婚に発展した例を、高見沢は多く知っている。
 だが幸運にも、高見沢には最後の一手が残されていた。そう、桜漬けだ。それを恐る恐る妻に差し出した。
 すると、お見事、アッタリー!
 夏子は「そうよ、それ、それ、それなのよ」と桜漬けを手にし、ご丁寧にも「それ」の三連発までお噛ましになって、あとはニコニコと満面の笑みとなる。

 確かに、夏子の「あれ」は高見沢の「あれ」とは違っていた。しかし、中(あた)らずと雖(いえど)も遠からず、漬け物であることはとりあえず的中した。その範疇で、桜漬けを千枚漬けと読み間違えただけだった。
 されど思えば、中年オヤジの高見沢、会社に滅私奉公中であり、まだまだ働かなければならない。こんな漬け物が発端となり、熟年離婚のドツボにはまってる時間はない。

 それだというのに、今回はホント危機一髪だった。
 勘を働かせた千枚漬け、それに赤かぶらと桜漬けという保険を掛けておいて良かったとホッとする。