33粒のやまぶどう (短編物語集)
しかし、歳を取るということはこういうことなのかも知れない。「あれ、これ、それ」で、すべてのことを済ましてしまうようになる。
さりとて、今のところ大きな問題とならず、暮らしているのだから……、まことにラッキーというものだ。
それでもついつい「あれ、これ、それ」を多用してしまうようになった現実、これはやっぱり寂しいことかな?
赤かぶらと千枚漬け、それと夏子ご所望の桜漬け、これらの「あれこれそれ茶漬け」をさらさらと食べながら、高見沢は俯(うつむ)き加減となるのだった。
こんな落ち込んだような夫の姿を見て、夏子がボソボソと呟く。
「あなた、いいんじゃないの、『食卓に あれこれそれで 春きたる』よ」と。
これに高見沢ははっと気付く。夏子の「あれ」、つまり桜漬けの意味が。時節がらやっぱり――桜ものでなきゃダメなんだと。
「あれ、これ、それ」を決して侮(あなど)るなと世間では言われてるようだが、まったくその通りだ。
そして、高見沢は桜漬けを箸で摘まみ上げ、「あれこれそれで、春きたるだね。明日、花見にでも出掛けてみるか」と妻を誘うのだった。
作品名:33粒のやまぶどう (短編物語集) 作家名:鮎風 遊