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33粒のやまぶどう  (短編物語集)

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 えっ、信長、秀吉、家康がボスって? よくぞ殺されずに!
 会場がざわつく中、背丈六尺のイケメンサムライが颯爽と現れた。そしてキリリと立ち、張りのある声で……、

 拙者は幽斎と申す。皆の者は上役に気に入られる術を知らぬと聞いた。癇(かん)癪(しやく)持ちの信長殿、特段に色を好んだ秀吉殿、思い付きでは一切行動せぬ家康殿、それでも天下取りの夢を果たすため一所懸命生きられた。そんな親方様に仕えた経験から、凡俗の徒が人並みに出世し、一生を全うするためにはまず信頼を得ることが肝要。そのための『三つの心得、プラスワン』を伝授致そう。

 まず心得は……、
  一つ、己に大志があろうとも、上司の野望を超えてはならぬ
  二つ、上司の好まざることを、ゆめゆめ口にすべからず
  三つ、時に身命を賭して事に当たるべし

 されど、これらの継続は難しい。そこで心の拠り所『プラスワン』が必要なのじゃ。皆の者、わかり申したか?

 幽斎先生のあまりの迫力に、道理でござる、はっはー!
 あちらこちらから声が上がり、先生は恐悦至極の様。
 しかれど矢庭に吉男を指差して、「おい、そこの足軽、お主の『プラスワン』、言い換えれば生きる糧(かて)は、何ぞか?」と。
 そんなこと突然訊かれても……、それでも吉男は脳みそを絞って、自信満々に「お金です」と。

 シーン。
 この凜然とした武士に対し、なんとKY、すなわち空気読めない回答なんだろうか。会場が凍り付く。
 それにしてもこんなレス、戦国武将にとっては他愛もないこと。だが吉男は、ここで止せばよいのに調子に乗って、「俗人の先生も、やっぱりプラスワンは――小判でしょ」と。
 心得の二番は、好まざることを口にすべからず、と学んだはず。それなのに誇り高き武将に対し、俗人に小判とは無礼千万。
 会場はより長くて嫌な静寂に包まれる。あ〜あ、一刀両断に切り捨てられるかも?

 だが意外に、幽斎先生は少しにやけた表情で一言、「拙者の場合は――かぐわしき香りであり申す」と。
 しかし、誰も理解できない。ポカンと口を開けた受講者に、先生は続ける。

「我が妻は麝香姫(じゃこうひめ)と申しての、いつも良い香りを発しておって……、これが愛を深め、戦国の世を生き抜く力を与えてくれたのじゃ」