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わたなべめぐみ
わたなべめぐみ
novelistID. 54639
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ファースト・ノート 8

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 顔を上げたままの初音の横に腰かける。天井ではいくつもの星々が蛍光塗料を発光させている。頭のうしろに手を当てて横になると、視界に作り物の夜空が広がる。

「夜ひとりで寝るのが怖いって言ったら、親父が貼ったんだ。初めのうちは嬉しかったけど、すぐに嫌いになった。俺が偽物の空を見ながら怯えて寝てるのに、親父は海外のどこかで本物の星を見上げてるんだと思うと、腹が立ってしょうがなかった。剥がそうとしたら天井の塗料まで取れちゃって、それを見たらものすごく情けなくなって、この部屋では眠れなくなったんだ」

 長い間、父への憎しみを増長させる対象でしかなかった星々が、初音の体温を感じていると何故か本物の光のように見えた。
 肘に初音の手があたった。細く長い指の上に手を重ねた。

「俺はずっと家族がほしかった。ただいまって言ったらおかえりって言ってくれて、一緒に飯を食って、同じ屋根の下で布団を並べたかった。嘘の星なんていらないから、親父に帰ってきてほしかった」

 初音の手をぐっと握ってみたが、右手の薬指の感覚は鈍いままだった。

「俺が事故にあって入院した時も、親父は帰ってこなかった。ご両親はとか身内の方はとか聞かれても、俺には答えようがなかった。電話で連絡がついて治療費はどうにかしたみたいだったけど、それだけだった。生きててもしかたなかった。だから線路に飛び込んで死のうと思ったのに、あの時、誰かが俺の腕をうしろにひっぱったんだ」
「それって何年前のこと?」

 不意に初音がそう言った。

「私も高校生のときに、そんなことがあったの。もうすぐ電車が通過するのに、白線の向こう側にフラフラ歩いていく男子学生がいて、とっさに腕をひっぱったのよね」
「高三のときだから、五年前だけど……もしかしてピンクのマフラーを巻いてたあの子がはっちゃん?」

 記憶を探りながら言葉をつなげる。目の前にいる初音の姿と、あの時の女子高生の面影が交錯して、言いたいことがうまく表現できない。

「でもそんなわけないか。眼鏡かけてたし」
「今はコンタクトレンズよ。お母さんも眼鏡をかけてるから、きっと遺伝ね」

 そう言って両目の前にふたつ丸を作って見せた。指の中に見える瞳は、間違いなくあの時の女子高生だった。

「やっぱりそうだ……なんで今まで気づかなかったんだろ……」

 要はゆっくり体を起こした。すぐそばで初音が目を細めている。

「私もよ。あの時の髪の毛ぼっさぼさの男子が要だなんて」

 言いながら初音は笑い出した。情けない自分の姿を思い出されるのが嫌で、要は初音の口を手でふさいだ。それでも彼女の笑い声は止まらず、腹を抱えて笑う始末だった。

 両手でベッドに押さえつけると、ようやく彼女は笑うのをやめた。
 命を救ってもらったあの時のように、瞳の中の光が微細に揺らめいていた。

「私も……もっと早く要に出会ってたら、助けてもらえてたかな」

 要は記憶を探った。彼女を助けられるような場面が果たしてあったのか、考えに考えた。
 ふと、初音を背負ったことがあるのを思い出した。

 二人でストリートライブをしたあの夜、湊人を追いかけていった初音の様子が、途中でおかしくなったと湊人が言っていた。雑木林の中にへたりこみ、動けなくなったらしい。
 要の背中に乗った初音は、歯をくいしばって泣いているようだった。

「あのさ……昔、あの公園でなんかあった?」

 要が手の力を緩めると、初音は仰向けになったまま言葉を吐きだした。

「あの場所じゃないんだけどね……」

 それからぽつりぽつりと、初音は語りだした。
 彼女の話によると、中学三年のときに、数人の男に襲われたということだった。
 たまたま通りがかった中年男性によって助けられて未遂に終わったが、腕を引きつかんだその男性にまでいたずらされるのではという不安がよぎり、ろくに礼も言わずに逃げ去ってしまったらしい。

 ストリートライブをした公園はその現場とは違うが、湊人を追って雑木林の中にかけこんだ途端、当時の光景がフラッシュバックして足に力が入らなくなってしまった、と言った。

「もうあの時のことは克服できたと思ってたんだけど、まるであの時間にタイムスリップしたみたいに強烈な恐怖がおしよせてきて、自分ではどうしようもなかったの」

 初音は顔の前に腕をかざした。語尾が弱くなっていくのがわかって、要はいたたまれなくなった。

「要におぶってもらった途端、気持ちがゆるんじゃって泣いちゃった。気づいてた?」

 ずらした腕のむこうに、潤んだ瞳があった。
 要は、うん、とうなずいた。

「おぶってもらった背中が広くてあったかくて、私、ずっとこれが欲しかったんだなって気づいたの」

 初音の目じりがゆるんでいる。鼻の頭が少し赤くて、要は思わず額に口づけた。
 彼女の手のひらをマットレスに押しつけて身をかがめる。
 くちびるをよせても、彼女は拒絶しなかった。

「あの……さ、男に抱かれたことはない……とかだったら、俺」

 無理するつもりはないと言おうとしたが、初音のくちびるが、要の口を塞いだ。

「もちろんあるけど、ただ我慢して抱かれてただけ。こんな話、とてもできないもの……でも要には言っちゃったね」

 目の前に初音の顔がある。要を強烈に惹きつけてやまない瞳が、ぐいぐいと心の奥深いところに侵入してくる。胸にくすぶり始めた焔のようなものにふりまわされず、優しく彼女を抱きとめたいと思っても、肌にしみいるような体温が心をかき乱していく。

 要は覆いかぶさって、何度もくちづけた。彼女もくちびるを求めてくるのがわかった。
 乾いていたくちびるが潤っても、何時間でもずっと、こうして体を重ねていたかった。

 月明かりが初音の頬を照らす。髪をかきわけて耳たぶを探す。手のひらにおさまる胸のふくらみも、細い腰のくびれも、弾力のある太ももの張りも、要の知らない幾人もの男が触れたかと思うと、目の奥に火花が飛びそうなほど、激しい嫉妬にかられた。

 耳元で小さな声が聞こえる。華奢な指が背中をはい回っているが現実感は湧かず、幻を抱いているようだった。幾晩も眠りに落ちなかった脳がこしらえた偶像のようだった。



 その夜、何度も彼女の中に分け入った。睡魔が襲ってくるたびに体に触れて眠りを覚ました。閉め切った室内は熱気で充満していた。

 少し窓を開けて抱きよせる。初音はかすかに声を漏らした。首筋に流れる汗のにおいを感じた。腕をのばして再び窓を閉める。むき出しになった肩にくちびるをあてる。

 空が白む頃、腕の中で初音は眠りに落ちた。

 窓から、わずかに朝日がさしこむ。ベッドから降りて脱ぎ捨てた服を探していると、初音が目を覚ました。しばらくまどろんでいたが、全裸だということに気付くと、シーツで顔まで覆いかくした。

 要が服をかき集めて枕元におくと、シーツにくるまったまま器用に下着を身に着け始めた。今更恥ずかしがることもないだろうと思ってシーツの中に手を差し入れると、彼女の体が反応した。

 再び抱き合ってから、初音に紙切れをさしだした。