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わたなべめぐみ
わたなべめぐみ
novelistID. 54639
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ファースト・ノート 8

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「湊人が立ち寄りそうなところをピックアップしてみたんだ。もうすぐ高校が始まるから、そっちを当たったほうが早いかもしれないけど」

 メモ用紙には要が出入りしているスタジオやCDショップ、楽器店の住所、電話番号が書きこまれている。初音は一通り目を通し、二枚目を見たところで視線が一点に留まった。

 そこには晃太郎が書き足した端正な文字がつづられている。

「……『ラウンド・ミッドナイト』には行ったことあるの?」
「いや、それは晃太郎が教えてくれたんだ。親父さんが出入りしてた店だって言ってた。高校生には敷居が高い気もするけどね」
「そう……ありがとう。今度いくつか当たってみるね」

 折り目を正してきれいな四つ折りにすると、両手にそれをはさんだ。水色のペディキュアを塗った素足がベッドの下に降りる。デニムのショートパンツから伸びる健康的なふくらはぎが朝日を浴びて活動しはじめる。

 初音の体を抱きよせて、耳元でつぶやいた。

「俺と一緒に東京に行こうよ」

 彼女はしばらく脱力したままだったが、意志のこもった手のひらが胸を押した。

「行かないわ。まだここに残ってやることがあるから」
「いずれはロスに行くつもりなんだろう?」

 揶揄するように言ったが、彼女は動じなかった。湖に木の葉が落ちて波紋が広がっていくように、生まれ持った力強さが全身にみなぎっていくようだった。

 未練がましく「一緒にいこうよ」とすがってみたが、くすぐったそうに笑うだけだった。眠れない夜に執着しているのは自分だけで、彼女の一日はもう始まったようだ。
 ジーンズをはいただけの要を残し、仕事に行くからと言って静かにドアを開けた。

 腕を引っつかんで連れて行きたい衝動が湧き起こってきたが、新緑の樹木のようにぴんとたつ彼女の背中がそれを拒んでいた。

 どす黒いしがらみだらけのボロ屋から出て行くことを願っていたのに、今になって初音と過ごした日々が遠ざかっていくことに気付く。部屋の中に満ちている甘い残り香だけが、彼女の不在を慰めてくれるようだった。