エリザベート
其れからの事もわたくしはようく覚えて居ります。
人形は勢いに弾かれてゼンマイを巻いた様にくるりと躍りました。其の白い顔は半分無くなって居りましたし、黒い機械油(オイル)をぽたぽたと滴らせて居りましたが、唇にははっきりと笑みを浮かべて居たのを、今でも鮮やかに思い出す事が出来ます。
御主人様は鉄の塊を卓上に置かれますと、手を伸ばしてエリザベートの腰を抱き、スローモーションの動きで横たわらせました。ロンドでもワルツでも無い、たった一拍子の舞はふわりとドレスを靡かせて床に崩れます。
余韻を持って御主人様の取り出された白い絹のハンカチーフが全ての幕引で御座いました。エリザベートの壊れた顔を覆った其れは、まるで最後の慈悲の様に視えました。
わたくしはエリザベートを己が黒い腕に抱きました。御主人様は何時もの様にこちらを見る事はなさいません。此れは人形の最後の息であり、其れを隠す事がわたくしの仕事の一つで御座いましたから。
もう彼女は金の髪でも白磁の肌でも無い、只の木偶で御座いました。
わたくしはわたくしと似た物を体内にて大事に引きずって、御主人様から一定の距離を取ったまま、再び其の御側に控えました。
御主人様は何処をも見て居ない眸をしたまま、ゆったりと扉へとお進みになられます。
屋敷は何時もの様に静寂に包まれて居りました。
だからでしょうか。傍らに控えたわたくしにしか聴こえぬ様な声で、廊下に出る間際に御主人様がふと零された感情の欠片も無い言葉が、わたくしの耳にはひどく恐ろしい物の様に響いたので御座います。
「次は人間でも拾って来ようか・・・?」
廊下を歩き出されました御主人様の足元にひれ伏すわたくしの中で、エリザベートがこぽりと溶けた音を立てました。