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横須賀・横浜旅行記 ふんわりと、風のごとく 第五部

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 ぼんやりと考え事をしているうちに、さっき買った缶チューハイも飲み終えており、闇夜の中を行く〝春〟編成は多摩川線のねぐらがある白糸台駅を過ぎ、多磨駅も新小金井駅も過ぎて、高架橋を駆け上っていた。いつの間にか高架駅になっていた武蔵境駅。地上にある時代を知っている人間にとっては、この辺りも随分と様変わりしてしまった。当然、地上に駅があった頃の面影は残っていない。
 一昨年の暮れに鶴見線に乗りに行った際も、実は川崎駅から同じルートをたどってこの駅に来た。その時、駅前には一風変わったストリートミュージシャンがいた。口にはハーモニカ、足に挟んだバイオリンを右手で操り、左手ではキーボードを弾いていた。しばらく演奏を聴かせていただき、談笑を交わした彼は、今日もいるだろうか。駅前で一服してくるついでに探して来たが、見つけることはできなかった。ただ、いささか時季外れという気がしないでもないけれど、駅前には、とても美しいイルミネーションが輝いていた。あのひとのことを考えつつ、タバコを吸いながらぼんやりとそのイルミネーションを眺めていた。


第十三章
黄色い電車

 駅前での一服を終え、中央線乗り場へ行く。乗り場に着いてから間もなくして、高尾行きの列車が来た。中央線もいつも混んでいるという印象があるけれど、この時間帯はだいぶ空いていた。国分寺駅まで 15 分ほどの道のり。窓の外は、もはや何も見えない。ただあのひとのことだけを考えていた。
 中央線は三鷹駅から先の高架化工事も終わり、ずっと高架区間だった。これが武蔵小金井駅を過ぎると地上に下り、昔とほぼ変わらないたたずまいの国分寺駅に到着した。今まで乗って来た高尾行きの列車は、ここで特急列車の通過待ちをする。しばらく待っていると、甲府行きの特急かいじ号が通過して行った。
 これから西武線に乗るけれど、東村山駅まで行く国分寺線に乗って近道をするのではなく、多摩湖線に乗って、萩山駅を経由して遠回りをする。その前に駅前で一服。さっきもタバコを吸ったばかりだけれど、これから先、しばらくタバコを吸えないので。夜の国分寺駅も、随分と久しぶりだった。 一服を終え、国分寺駅の多摩湖線乗り場へ行く。ここにも白い電車が走っているけれど、ちょうど到着した萩山行きの列車は黄色い電車だった。いつからか、国分寺駅と萩山駅の間もワンマン運転を行われるようになり、多摩川線と共に、昨年 12 月に本線系統から引退した新 101 系という電車の最後の牙城となっている。懐かしい電車に揺られ、萩山駅へと向かう。
 かつて、西武線にはローズピンクとベージュ色のツートンカラーというカラーリングをまとった〝赤い電車〟と呼ばれた電車が走っていた。多摩湖線の国分寺駅から萩山駅までが〝赤い電車〟の最後の活躍の場だった。ここで走っていた 351 系という最後の〝赤い電車〟のビデオをオヤジがどこかから持って来てくれたことが、オヤジの〝英才教育〟の 始まりだった。しかし、その〝英才教育〟が実を結ばず、今、ただの会社員をやっていることが、死ぬほど悔しい。周りに申し訳ない。特に、オヤジには……。それでも、この人生最大の死ぬほど悔しい思いをしていなければ、〝会社の父ちゃん〟と慕っている上司には出会うこともできなかったし、今、こうしてあのひとを想いな がら旅なんてしていなかっただろう。人生、何が起こるか分からない。
 定刻通りに国分寺駅を出た萩山行きの列車は、多摩湖線のワンマン運転区間で唯一、列車の行き違いが可能な駅である一橋学園駅を過ぎ、次の青梅街道駅を過ぎると、終点の萩山駅に到着。ここで西武遊園地行きの列車に乗り換えるけれど、しばらく来ないようなので、退屈しのぎに駅前に出て一服して来る。それでも西武遊園地行きの列車は、もうしばらく来ないようだった。
 ようやく到着した西武遊園地行きの列車。新 2000 系という電車の車内は、時間ももう遅いので、乗客もまばらだった。そんな中、萩山駅を発車した。次の八坂駅を過ぎると、武蔵大和駅という太平洋戦争中に活躍した旧日本軍の軍艦の名前が 2 つも入った名前の駅に到着した。最近になって改装されたこの駅は、駅前の桜がとてもきれいということで有名だ。次の春に、あのひとと来たい。
 その武蔵大和駅を出て、遠くに西武園遊園地の観覧車、あるいは反対側にはイルミネーションのような街の明かりを見ながら、列車は終点の西武遊園地駅に到着した。西武園遊園地とそれに隣接する西武園競輪場は所沢市内にあるけれど、どちらも東村山市との境のぎりぎりにあるため、西武遊園地駅と西武園競輪場の最寄り駅である西武園駅は東村山市内にある。その西武遊園地駅から、今度は〝レオライナー〟の愛称がある西武山口線に乗る。


第十四章
闇夜のラストスパート

 これから乗る〝レオライナー〟こと西武山口線は、元々、西武園遊園地の遊戯物として開業した軽便鉄道だった。バッテリー式の機関車がけん引する〝おとぎ電車〟という小さな列車を、いつしか小さな蒸気機関車もエスコートするようになり、国鉄の山口線と並んで蒸気機関車がエスコートする列車に乗れる路線として名高かった。しかし、僕が生まれる前の年に休止路線となり、その翌年、僕が生まれた昭和 60 年に、あの有名な〝ゆりかもめ〟のようなゴムタイヤで走る〝新交通システム〟という形で生まれ変わった。かつての〝おとぎ電車〟の頃と今とでは、 走っている場所が全てが同一というわけではなく起点と終点だけは大きく変わり、西武遊園地駅から西武狭山線の西武球場前駅を結ぶようになった。これは国分寺・中央線方面からの西武ドームへの旅客輸送のルートを兼ねてのものだ。
 4 両編成の白くて小さな〝レオライナー〟は、ゆっくりと静かに西武遊園地駅を発車した。駅を出てすぐの所にあるトンネルを抜けると、西武園遊園地の横を通る。西武園遊園地では、イルミネーションイベントの最中で、幾多の光が美しく輝いていた。何で電車の中から一人でイルミネーションを見ているのだろう。あの光の海を、あのひとと歩きたかった。
 そんなことを考えながら景色を見ていると、列車は遊園地西駅に到着。この駅を出ると、辺りの景色は一変する。進行方向右手には西武園ゴルフ場、左手には道路を挟んで多摩湖がある。もちろん、今は暗くてどちらも見ることができない。
 暗闇の中を行く〝レオライナー〟は、明るければ西武ドームが見えて来る辺りで車両基地の横を通り、西武球場前駅に到着した。斜め下の狭山線乗り場には西所沢行きの列車が止まっていた。けれど、それには乗らず、また一旦、改札を出て、駅前でタバコを吸って来ることにした。改札を出ると、巨大な西武ドームが鎮座していた。今年もまた、数多くの熱き死闘が繰り広げられる舞台は、闇夜の中で静かに眠っていた。