小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

横須賀・横浜旅行記 ふんわりと、風のごとく 第五部

INDEX|1ページ/3ページ|

次のページ
 
第十一章
そろそろ所沢に帰る。

 桜木町駅から乗った列車は、横浜駅で随分と空いた。向こうの乗り場に止まっている東海道線の列車の行先表示器には、〝次は川崎〟と書いてあった。あれに乗れば、すぐに川崎駅へ行けるんだけどなあ……。次は川崎駅へ行き、そこで南武線に乗り換える。横浜方面から所沢へ帰るには、手段もいろいろあるけれど、よくこのルートで帰る。
 次の東神奈川駅で横浜線が分かれて行く。左手に東海道線、右手に京急線を見ながら走る。だんだんと夜の帳も下りてきた。ふと、窓の外を見ると、空と地平線の間で、夕陽が赤々と燃えていた。綺麗な夕陽だった。列車はちょうど大きな川を渡っている。その後、列車は鶴見線のガードをくぐり、鶴見駅に到着した。鶴見線に乗りたい気もしたけれど、都会のローカル線として名高い鶴見線のことだから、次の列車はいつ来るか分からない。
なので、そのまま京浜東北線に乗り続けることにした。
 次の駅は川崎駅。思いの外、横浜駅から早く着いた。川崎駅に着き、列車を降りると、目の前に乗り換え専用の跨線橋があった。京浜東北線の列車は 10 両編成なのに対し、南武線は短い6 両編成。跨線橋の階段を下りてから列車にたどり着くまでに少し歩いた。今度の南武線の列車は稲城長沼行き。次は南多摩駅まで行くけれど、その列車の終点は南多摩駅の一つ手前。南多摩駅に着く前にタバコ休憩をするつもり。それでも、空いているという理由で到着したばかりの立川行きの列車に乗った。
 稲城長沼行きの列車が出た後、僕が乗っている立川行きの列車が出る前に、また到着した列車が回送列車として折り返して行った。はて、この辺りに回送列車を止めておく所などあっただろうか?そんなことを考えているうちに、立川行きの列車も発車した。次の駅に着く直前に、南武支線の列車が駅に向かって発車して行くのが見えた。一昨年の暮れに乗ったことがある電車だ。その時の旅は印象的だったけれど、あのひとを想う今回の旅もまた、印象的な旅だった。列車が尻手駅を出て、ふと、次の矢向駅の前にタバコが吸えるドトールがあったことを思い出した。そこでタバコ休憩して行こう。
 矢向駅には矢向車掌区があり、ここで車掌さんが交代した。交代の様子を見ながら改札を通り、駅を出て左手にあるドトールに入った。アイスコーヒーを注文し、2 階の喫煙席へ行く。窓側の席に座り、外の様子を眺める。狭い駅前ロータリーをバスがひっきりなしに行き来している様子が見えた。そう言えば、一昨年の暮れに鶴見線や南武支線に乗った時も、このドトールで一服して行った気がする。あれから一年と少し。ほんの少しどころではないほど、僕を取り巻く環境が変わった。これからまた、いろいろと変わって行くのだろうなあ……  
 30 分ほどタバコ休憩をした後、お店を出た。また駅の乗り場へ行くと、隣のプラットホームの向こうに電車置き場があり、さっき川崎駅を出て行った回送列車はそこに止まっていた。そう言えば、随分と昔にはここに矢向電車区があったそうだ。武蔵中原駅に隣接した中原電車区が新設され、矢向電車区は廃止されてからもその名残が電車置き場として使用されているのだとか。しばらくプラットホームで列車を待つと、立川行きの列車が来た。これに乗って南多摩駅まで向かう。列車は少し混んでいた。外はすっかり暗くなっていたので、景色を見ようにも、特にこれと言って何も見えない。ただぼんやりと路線図を眺めてどこで列車が空くか予想していた。武蔵小杉駅で空くだろうか。
  鹿島田、平間、向河原の各駅を過ぎ、横須賀線、東急東横線との接続駅である武蔵小杉駅に到着。予想通り、ここでやや列車は空き、座ることもできた。それでもまだまだ、南多摩駅は遠い。溝の口駅で東急田園都市線、大井町線と接続する武蔵溝ノ口駅や小田急線と接続する登戸駅でも下車する客が多かった。矢野口駅を出ると、下り線だけ高架区間になる。そのまま稲城長沼駅を過ぎ、南多摩駅に到着した。本当は次の駅で降りて武蔵野線に乗れば楽だけれど、そんな楽はしない。少し遠回りして帰る。階段を下りて改札口へ行く。この駅は一昨年の暮れから、何も変わっていなかった。


第十二章
街外れに咲く光

 南多摩駅の駅前は静かだった。以前は駅前から多摩川の方へ向かって用水路のようなものがあり、それに沿って桜が植わっていた。とても風光明媚な光景だったけれど、高架化工事と共にその光景は過去のものとなってしまった。ただ、その代償として、府中街道の方へは行きやすくなった。今から府中街道の方へ向かう。
 府中街道と多摩川が交差する場所には、是政橋という大きな橋が架かっている。その橋を渡って、西武多摩川線の是政駅まで行くつもりだ。ちょうど目の前の踏切を、川崎行きの列車が過ぎて行った。列車が南多摩駅に止まっている様子を見ながらその踏切を渡ると、すぐに是政橋の塔が見えてくる。塔から何本ものワイヤーが張ら
れている〝斜張橋〟という構造の橋だ。是政橋に魅せられて、建築家になって大きな橋を造ることを夢見ていた時期もあった。その夢も、いつしか消えてなくなり、気が付けばありふれた会社員をやっている。人生なんて、そんなもの。
 ふと、振り返ると、丘の上に建つマンションが、美しい光を放っていた。是政橋もまた、横浜ベイブリッジやレインボーブリッジに引けを取らない美しい姿を見せていた。橋の上から下流の方を見ると、遠くに見える街の明かりの美しいこと。思わず、あのひとの名前をつぶやく。この美しい景色、あのひとに見せてあげたい。ここで一緒に見たい。
 そんなことを考えながら歩いた是政橋。そのたもとに、小さな是政駅がある。列車はまだ来ていなかった。列車が来る前に、近くのコンビニの前で一服し、そのコンビニで缶チューハイを買って行く。コンビニを出たところで、是政駅から列車の到着を告げる案内放送が聞こえて来た。あんまり行儀のいい話ではないけれど、この缶チューハイは列車の中で飲もう。
 西武電車と言えば黄色だが、多摩川線の西武電車は白い。多摩川線には 4 編成の白い西武電車が所属しており、それぞれに地元の小学生が描いた季節の絵が車体に貼られている。今、到着した編成は春の絵が貼られている編成だった。
 季節はまだ冬。でも、冬が終われば春が来る。この電車に貼ってある絵のように明るい春を迎えたい。その時、あのひとと一緒だったら嬉しい。その夢を実現させるため、これからも一生懸命に生きて行かないとなあ。その夢を再確認させられた今回の旅だった。
 時間になり、列車の発車時刻となった。力強いモーター音と共に、武蔵境駅を出て行く。古い西武電車特有の懐かしいモーター音だ。よくよく考えれば、オヤジがこの電車を直してきたからこそ、僕はこうして生きて来られた。訳の分からぬ病気とその治療薬の副作用で、いつ自ら命を絶つか分からないこのでき損ないを食わせながら、一日に何千人、何万人もの赤の他人の命を預かっていたわけだから、オヤジもすごい人間だ。