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相思花~王の涙~【前編】

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「実は廃妃の許に直宗が夜な夜な通っていたという逸話があるんだよ。まあ、実際に都から観玉寺までは馬を飛ばしても往復丸一日はかかる距離だ。ゆえに、仮に王が廃妃の許に通ったとしても夜毎というのは無理な話で、非現実的だ。大方は後世の人たちが勝手に脚色したんだろうけどね。だけど、廃妃の許に通ったという話は嘘ではないんだよ」
 ソナは首を傾げた。
「何故、伝説じゃないと言い切れるの?」
 ハンが悪戯っぽく片目を瞑った。
「廃妃が懐妊したのさ。それで都では大騒ぎになったらしいが、王その人が実は廃妃恋しさに耐えかねて馬を飛ばして観玉寺まで行ったと打ち明けたことで、疑問は解消された。当時、直宗には御子が一人もいない状態だったから、廃妃はすぐに御前会議でも認められ穏便な形で復位し、都の王の許に戻った。直宗が廃妃の許に通った夜が丁度、山の寺の燈籠祭だったという」
 ソナは眼を潤ませて息をついた。
「素敵だわ。百年以上も前の王さまが愛するお妃さまのために都から馬を飛ばして郊外のお寺まで逢いにいっただなんて。今、都で流行っている小説よりももっと劇的でロマンチックじゃない?」
 ハンが忍び笑いを洩らした。
「やっぱり、年頃の娘だな、こういう話が好きなんだ?」
 ソナはハンのからかうような声音には構わず続けた。
「じゃあ、都にもこの燈籠祭を広めたのは直宗さまなのね?」
「ああ、そのとおり、都に戻った和嬪が一年後に無事、世子を生んだ際、記念にと王が燈籠祭を都でもやったのが始まりだ」
 都から遠く離れた山頂の寺で二人、寄り添い合いながら無数の輝く燈籠を見つめている若き王と美しき寵姫の姿が見えるようだ。ソナは十七歳の少女らしく、うっとりと夢るような瞳で頬を紅潮させた。
 ソナは意気込んだ。
「和嬪さまは無事に世子さまの母君となられて、めでたしめでたしね。では、今の王さまも和嬪さまの曾孫でもあるということ?」
 その時、ハンの顔が少し曇った。
「それは違う。和嬪の生んだ静献世子は不幸にして一歳を迎える直前に夭折してしまったから―。今の王は和嬪の血筋ではない。直宗はその後、若い王妃を迎えて一男一女が生まれ、その第二王子が次の王となった。今の王は直宗の王妃の血筋だよ」
 ソナは一挙に落胆した。
「それでは、和嬪さまの血筋は絶えてしまったということ? 世子さまが亡くなられた後、新たなお子さまは生まれなかったのかしら」
 ハンが溜息をついた。
「残念なことに、和嬪は幼い世子の後を追うように亡くなった。死んだ当時は妊娠九ヶ月で、難産のために若くして生命を散らすことになってしまったそうだ」
 ソナの唇が戦慄いた。
「それはあまりにお気の毒すぎるわね。国王の想い人、しかも王妃に次ぐ立場、世子の母君、世が世なら、この世のすべての栄華を約束された方だったのに」
 ハンは幾度も頷いた。
「記録によれば、和嬪は素晴らしい女性だったという。当時の後宮を取り仕切る尚宮が後に日記を残していて、?泥中花在?と和嬪のことを記しているくらいだ。泥だらけの後宮という伏魔殿に咲いた清らかな一輪の花、そんな意味だろう。和嬪の死後、直宗の最初の王妃が亡くなったときも、和嬪が生きていればすぐに次の王妃に冊封するのにと皆が惜しんだというほどだから、なかなかの女人だったんだろう」
「和嬪さまが廃された時、中殿さまを毒殺しようとしたのは本当だったのかしら。そんな清らかな心を持った方が王妃さま暗殺を企てるなんて信じられない気がするけど」
 浮かんだ疑問を口にすると、ハンが複雑そうな顔で教えてくれた。
「それは明らかな冤罪だったというか、無実の罪を着せられたらしいよ。直宗の母である金大妃さまは和嬪を最後まで憎み嫁として認めなかったという話はしただろう? あの中殿殺害の件は大妃が和嬪を王の側から追い払おうとして画策したことだったと真しやかに言われている」
 ソナは百年も前のことにも拘わらず、何故か怒りを憶えずにはいられなかった。
「何故、そんな酷いことを?」
 ハンが溜息をついた。
「大妃という立場も微妙なんだ。直宗の最初の王妃は大妃の姪だったから、余計に王の寵愛を姪から奪った和嬪を憎んだんだろうな」
 何故かハンが和嬪を憎んだという金大妃の肩を持つような言い方をするのが気に入らない。
 ハンは気を取り直すように言った。
「恐らく、この燈籠祭を山の寺で共に眺めた頃が二人にとってもいちばん幸せな時期だったんだろう」
 それにはソナも素直に頷いた。
「そうでしょうね。たとえ遠く離れ離れでも、一日かけてさえ訪れてくれるほど愛されている、和嬪さまも国王さまの愛を実感できたと思うわ」
 和嬪も直宗もまだこの先、自分たちを見舞うことになるであろう哀しい運命を知らずにいたその夜こそが、まさに幸福の絶頂期だったのだともいえる。
「本来の燈籠祭は吊ってある燈籠に願い事を書いて寺内の池に流していたようだよ。元々は亡くなった人の供養になるようにと始めたので、今でも地元では和魂祭と呼ばれているとか」
 ソナがにっこりと笑う。
「それで、時々、願い事を書いて吊す人がいるのはそいうことだったのねえ。ね、私たちも何か書いてみない?」
 ハンも極上の笑みで応える。
「おっ、それは良いな。よしよし、燈籠を調達してこよう」
 ハンは身軽に近くの店まで行き、燈籠を二つ買い求めてきた。今夜を当て込んで、燈籠を売る店もたくさん出ている。ハンが取り出した携帯用の筆を使い、二人は交互に願いを記した。
「なになに、何て書いたんだ?」
 問われ、ソナは慌てて手で隠した。
「内緒よ」
 ハンは得意げにソナに自分の燈籠を見せた。
「私はそなたに隠し事はせぬ。ほら、見てごらん」
 覗き込んだ薄紅色の燈籠には
―想い人といつまでも添い遂げられますように。       
 達筆で書かれていた。真っ赤になったソナも無言で自分の燈籠を示した。
―初恋が実りますように。
 ハンが途端に眼を輝かせる。
「そなたの初恋というのは、いつだ?」
 ソナはそっぽを向いた。
「知りません。いつだって良いでしょ」
 それから改めて礼を言った。
「今夜はありがとう、ハン。とても愉しかった。知らなかった直宗さまと和嬪さまの恋物語もとても心に残った。ハンがこの話が好きだという理由も納得できたわ」
 ハンも嬉しげに言う。
「私の好きな話がそなたにも気に入って貰えて良かった。どうだ、百年前の恋人たちにあやかって、ソナも国王の妻にならないか?」
 と、思いきり肘鉄を食らわされ、ハンは呻いた。
「ハンってば、折角の雰囲気をぶち壊さないでよ。馬鹿なことばかっり言って。私は王さまの女になんて、ならないの、何度言えば判るのかしら」
「この暴力女め、一体、何度私を痛い目にあわせるつりだ?」
 ハンが恨めしげに言うのへ、ソナは澄まして返す。
「さあ、何度だったか忘れたわ。でもね、ハン」
 ソナはそっとハンの耳許に唇を寄せた。身長差のある二人なので、どうしても背伸びしなくてはならない。
「国王さまの女にはならないけど、イ・ハン、あなたの奥さんになら、なりたいと思うわ、私」