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相思花~王の涙~【前編】

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 何としてでも、あの娘が欲しい。でも、ソナを力づくではなく、彼女の望むように?自然に出逢い、恋に落ちる?―、乙女らしい願いを叶えてやりたいとも思う。そのためには、辛抱強く待ち続けなければならないが、その時間の何と長く待ち遠しいことか。
 だが、ごく普通の若者のように恋を語らい、ゆっくりと関係を育んでゆくのも悪くはない。これまで側に置いたのはすべて政略結婚で嫁いできた女たちばかりだった。正室だけでなく、側室たちも皆、自然に出逢ったわけではなくお膳立てされて嫁いできた女たちばかりなのだ。
 彼が生涯で初めてごく自然に出逢い、惹かれた女がソナだった。彼女が手に入るには時間がかかるかもしれないが、彼女の望むように互いに気持ちを確かめ合い、彼女が自分から腕の中に飛び込んでくるまで、けして一時の欲望に負けたりはすまい。
 大切な女だからこそ、待つ。咲かぬ花を無理に開かせるのではなく、咲こうとする蕾が自然にひらく様を側でゆっくりと愛でれば良い。きっと、そのときこそ、美しく開いた花は彼一人のものになるだろう。
 ハンは一人で納得し、手を振るソナに満面の笑みで手を振り返した。

 結局、二人は長い初夏の陽が傾き、黄昏時になるまでずっと一緒にいた。数時間もの間、二人きりで過ごしたことになる。そろそろ宵闇が周囲に垂れ込め始めた頃、町に灯りが点り始める。
 それは町家の灯火ではない。今宵だけは、都のどの家も一定時間は灯火をつけないのは昔からのならわしだ。ソナはハンと並び、町の各々の通りに高く張り巡らせた縄にぶら下がった燈籠を眺めていた。
 燈籠の色も形も様々だが、どれも色鮮やかな色彩でいろどられ、煌々と灯りを点した様は美しいとしか言い様がない。更に、それらの無数の燈籠がズラリと一列に並んで輝いている光景はこの世のものとも思われなかった。
 陽が完全に落ちる、夜が支配する世界となる。闇色に塗り込められた空間に無数の灯りが滲み出し、漆黒の空に点々と続き煌めく燈籠の灯り―、まさに現(うつつ)ではなく夢の世界を見ているかのような心地になる。
 二人の他にもあまたの見物人が集まり、大通りは昼間の数倍もの群衆が群れている。
「綺麗」
 思わず声を洩らすと、ハンが囁いた。
「これを一緒に見たいと思ってね」
「素敵だわ、ありがとう、ハン」
 ソナは心底嬉しかった。どんな高価な光り輝く玉石を貰うより、今夜の夜空に輝く無数の灯りの方が心に残る。たとえ燈籠の灯りは消えてしまっても、ハンが見せてくれたこの美しき光景はこれから先もずっとソナの心を明るく照らしてくれることだろう。
 ここまで来て、もう自分の気持ちをごまかしようはなかった。
―私はハンを好きなんだわ。
 その想いは確固たるものになりつつある。初めて出逢った瞬間から、心惹かれる男だった。内官という特殊な立場にいることも含めて、しかしながら彼を好きになる障害にはならなかった。
 もしこれから先、ゆっくりと恋を育てて関係を深めていったなら、彼の求婚を受け容れても良いかもしれない。どうやら上流両班の子息らしい彼と常民の自分が夫婦になるのはまたそれはそれで難しいだろう。
 しかし、彼が大丈夫、何とかすると言ってくれるなら、好きな男を信じて付いてゆけば良いのではないかと思うのだ。
「ソナはこの燈籠祭を知っていた?」
 耳許で囁かれ、ソナは頷いた。
「ええ、私も子どもの頃から、とても愉しみにしていたの。でも、今年は宮殿暮らしだし、到底無理だと思って諦めていたわ。今日だって、まだ勤めて半年なのに、いきなりお休みを願い出て許されるとは思ってなかったし」
 幻想的な光景に酔いしれる人々の邪魔をしてはならない。同じように囁き声で応えると、ハンが笑った。
「意地悪な金尚宮があっさり許してくれて、良かったな」
「ええ、最近は気のせいか、尚宮さま(マーマニム)が少し優しくなったのよ。うーん、優しいというのとも違うわね。何かこちらを窺うようで、猫撫で声なんか出されるとかえって気味が悪いわ、何かあったのかしら」
 最近、あれほど怖かった金尚宮の態度が軟化したのは事実だ。鞭打ちもなくなったし、声を荒げての叱責も随分と回数が減った。が、それが水汲み女たち全員に対してなら判るが、どういうわけかソナ一人に対してだけなので、余計に気味が悪いし理解に苦しむ。
「さあ、何でだろうな」
 ハンは至って他人事らしく、さして関心がないように取り合わなかった。 
「ハンは燈籠祭はもちろん初めてじゃないわよね?」
 幾ら貴族の若さまでも、漢陽(ハニャン)に暮らしているならば何度かは眼にしたことはあるはずだ。燈籠祭といえば、それほど有名な行事だからである。
 ふとハンが呟いた。
「ソナは何故、燈籠祭が行われるようになったか、知っている?」
 ソナは正直に応えた。
「残念ながら、知らないの。ハンは知ってる?」
「ああ、ちょっとどころか、かなり好きな話なんだ。―聞きたい?」
 ソナは頷いた。
「聞きたいわ、教えて」
 ハンがソナに更に近づいた。温かい息が耳朶に触れ、ソナの身体にまた昼間、ハンに見つめられたときに感じた妖しい震えが走る。しかしそれもほんの一瞬の出来事にすぎず、彼女の興味はすぐにハンの話に誘われた。
「今の王の三代前の王は誰?」
 問われ、ソナは膨れた。
「何なの? いきなり小難しい歴史の勉強?」
 ハンが笑った。
「違う違う、まあ、大人しく聞けよ。三代前の王は直宗というんだ。今の王の曾祖父になる」
 ソナがますます憮然とした。
「ほら、やっぱり歴史の話じゃない。悪いけど、私、難しい学問は苦手なのよ。私が男じゃなくて良かったって、お父さんや伯父さんはいつも言ってたくらい」
 ハンは笑いを噛み殺している。
「私もそなたが男じゃなくて良かったよ。生憎と男色の趣味はないからね」
 ソナがハンを肘でつついた。
「ふざけないで。その直宗さまと燈籠祭が何の関係があるのよ?」
 ハンは笑いながら言った。
「まあ黙って聞いてくれ。直宗の寵姫に和嬪(ファビン)というそれは美しいお妃がいたそうだ」
「そうなの?」
 美しい寵姫と聞いて、ソナの興味がまたハンの話に戻った。ハンがそれを待っていたように話し始める。
「だけど、和嬪は両班の娘だったが、実家はとうに絶えたに久しいような没落した家門の娘にすぎず、直宗の母君の当時の大妃さまは和嬪をとうとう最後まで正式な妃と認めなかったそうだよ」
「まあ、それはお気の毒ね。嬪の称号を頂いているからには側室の中でも最高位だし、中殿さまに次ぐ尊い立場なのに」
 ハンも頷いた。
「まあ、気の毒な女人だとしか言い様がないね。その和嬪はまだ側室になってまもない、まだ最下位の淑媛(スクウォン)と呼ばれていた頃、一度、中殿毒殺の容疑をかけられ廃位されたことがある」
「何ですって? それで、どうなったの?」
 まるで絵物語のような話の展開に、ソナはついつい引きこまれてしまう。ハンは我が意を得たとばかりに得々と話を続けた。
「廃妃として郊外の観玉寺という寺に送られた。まあ、体の良い流刑のようなものだ。そして、ここからが燈籠祭と関係あるのさ」
「なになに、教えて」