「夕美」 第五話
雅子は自分が実の娘だったら、きっと父は俊之を紹介してくれたに違いないとそのときは思っていた。
学生時代に付き合っていた誠一郎と再会し、言い切れない思いを掃き捨てるように結婚を決めた。父親は反対はしなかった。もちろん母親もだ。
この時すでに遅まきながら母親に弟が生まれていた。親にしてみれば待望の男子誕生だった。いつしか自分は大切にされていた娘から、ただの養女に格下げとなっていたのだ。
世の中は長い好景気のさなか、父親の商社もご他聞に洩れず人手が何人も欲しいほど忙しくなっていた。
東大や京大を始め早稲田や慶応の卒業生には持参金付きで採用を内定する配慮も世間では行なわれていた。
一方で中小企業はその業績にも係わらず、有能な人材が確保できなかった。誠一郎も好景気の中、さほど気に掛けず誘われるまま、今の小さな貿易会社に就職した。バブルとは反比例して円高の影響をもろに受けて苦しい経営を強いられている状況の中で、雅子が不満を愚痴る低賃金に喘いでいた。