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タイタニック気付 ジャック

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9 鬼ごっこ



(1)

タイタニックの
船内で

鬼ごっこまで
できるとは
思わなかった

--ふしだらな
未来の妻も
頭痛の種だが

彼女をあおる
貧乏画家は
生意気すぎて
勘弁ならん--

苛立つ
君のフィアンセが

その端正な
顔に似合わず
頭の先から
湯気立てて

とにかく2人を
捕えろと
執事に命じて
くれなかったら

タイタニックの
船内で

あれほど楽しい
鬼ごっこなんか
しようったって
できなかった

僕たちは
手に手を取って
廊下を走り
ホールで叫び

エレベーターの
ドアののろさに
ハラハラしながら
Eデッキに下り

ボーイに
ぶつかり

出合い頭に
ワゴンのポットを
ひっくり返し

ほんとに
鬼の形相の
執事に一瞬
出くわして

肝をつぶして
笑い転げた

飛び込んでみたら
ボイラー室で

その暑さと
騒々しさには
さすがに参って

船員たちを
激励しながら
早々に
退散したっけ

2人して
ところかまわず
駆け抜けながら

捕まったら
どうしようなんて
これっぽっちも
思わなかった

あと2日

アメリカの
岸に着いたら
この船旅は
終わるのに

そしたら
僕らは
さよならで

こんな楽しい
鬼ごっこ
君とは永遠に
出来ないのに

鬼に捕まる
事が怖くて
鬼ごっこなんか
やってられるか!

声にこそ
出さないけど

楽しくて
悲しくて

叫び出したい
ほどだった


(2)

重たいドアを
開けた向こうは

灼熱の
ボイラー室とは
打ってかわって
冷え冷えとした
貨物室

人一人いない
だだっ広い
空間に

1等客の
物と思しき
頑丈な
木箱の山が

いったいいくつ
あったろう

君の手ひいて
迷路みたいな
その山々を
すり抜けたら

洒落た深紅の
自動車が
ポツンと1台
淋しげで

さんざん走って
くたびれて
面白半分も
手伝って

休憩がてら
乗り込んだ

君を後ろに
座らせてから
運転席に
陣取って

クラクションも
派手に鳴らして

それから
気取って
訊いたっけ

「お嬢さん
どちらまで?」

「星の国まで」

僕の耳に
ささやくか
ささやかないか

おてんばきわまる
後ろの客は

身を乗り出して
運転手を
羽交い締めにして

逆らう間もなく
自分のとなりに
引っぱりこんだ

迂闊な僕は
そこで初めて

部屋着姿で
逃げ出してきた
僕の大事な
相棒が

真夜中の
火の気のかけらも
ない船底で

震えてるのに
気がついて
慌てて腕に
包んでみたけど

包んでみたら

鬼ごっこの
相棒同士じゃ
もう足りなくて

男と女に
なりたかった

広くもなく
平らでもなく

持ち主の許しも
ない場所で

あれ以上ないほど
ぎこちなかったろう僕が

未通娘(むすめ)の君を
あの夜抱いた