タイタニック気付 ジャック
11 沈む船
(1)
「バカだ!
バカだ!
大バカだ!」
それしか
言葉が
出なかった
今にも沈む
地獄から
あるかないかの
救命ボートへ
万人が万人
我れ先に
群がりたがる
この非常時に
好んで地獄に
逆戻り?
正気じゃない
どこをどう
走ったか
無鉄砲すぎる
このおてんばを
この船でまた
抱きしめるなんて
3分前は
想像すら
しなかった
「飛び込むときは
一緒でしょ?」
それだけ
言うのが
精一杯の
腕の中の
涙まみれの
このおてんばは
僕の手には
到底負えない
「バカだ!
バカだ!
大バカだ!」
骨も折れよと
抱きしめた
(2)
子を守ろうと
死の淵でなお
死に抗う
親の姿も
船こそ
死に場と
微動だにしない
者の姿も
鬼気迫る
その哀しさは
いずれ
甲乙つけがたい
船の中とは
信じられない
背も届かない
激流も
狂気と化して
生死をさまよう
群衆も
その恐ろしさは
いずれ
甲乙つけがたい
君といっしょに
逃げ惑いながら
実にいろんな
ものを見た
沈む船首に
引きずられ
前へ前へと
つんのめるように
ひたすら傾く
甲板は
四方八方
阿鼻叫喚で
どっちを向いても
目を覆いたくなる
地獄絵図
でもね
ローズ
僕は
これっぽっちも
絶望なんか
しなかった
理由はたった
ひとつだけ
君と手を
つないでたから
僕といっしょに
生き延びようと
身を寄せ合って
弱音も吐かずに
この惨劇に
食らいついてる
このいじらしい
女の子を
絶対死なせて
なるもんかって
思ってたから
絶望してる
暇もなかった
ただそれだけ
「初めてあなたと
出逢った場所ね」
たどり着いた
船尾のフェンスで
SOSの
明るい花火に
照らされて
泣き出したいのに
笑ってる
健気なこの子を
死なせるなんて
どう考えても
考えられなかったから
だから
絶望しなかった
ローズ
いよいよだ
船がもたない
手を放すな
僕を信じて
飛び込んで
ほんの一瞬
潜るだけ
いっしょだから
怖くないだろ?
さあ行こう!
作品名:タイタニック気付 ジャック 作家名:懐拳