ゆきの谷
ビルマの野戦病院以来となる握手を交わし、破顔した山元を見て源は安心した。(髪型と鬚はあまり似合っていないが、懐かしいこの笑顔は、確かにあのときのままだ)。
田所が水上を訪ねた以降に、源の知らないところで二人の交流があったことからも、山元が父と衣久さんの関係を丹念に調べ上げたことは明らかだと確信していた源は、山元の昔のままの応対にとりあえず胸を撫で下ろした。(今のところ…、遺恨は残っていないようだ)と。
「源、今日は遠路はるばる、来てくれてありがとう。田所もな…」
「お招きいただき、光栄です…」
少々固くなっていた源は、ぎこちない挨拶をした。それは決して普段使うことのない、気恥ずかしい台詞だった。
「山元さん、切符まで送っていただき、ありがとうございました」
二人は奥の応接間に通された。先に山元が腰かけ、「ところでビルマのあとはどうだった…」と、いきなり戦時中の話を差し向けて来た。源と田所もゆっくりと革製の豪華なソファーに腰を沈めた。
三人は、「その後」の赴任先や戦いの模様、戦後の困難な引き上げのようすなどを告白し合い、談笑はしばらく続いた。
田所がニントウコンで捕虜になり、無事帰還した経緯を笑顔を交えながら語った様につられ、源も「過ぎたこと」と割り切り、思いきってペリリュー戦後の一部始終をつまびらかにした。捕虜となって敵駆逐艦に収容されたことや、味方の潜水艦に助けられたようすなどである。すると熱心に聞いていた二人は、源の予想に反して意外なところに興味を示した。
「いいなぁ〜。アメリカの船に乗ったのか、随分と貴重な体験をしたもんだ。…して、乗り心地はどうだった? メシは旨かったか?」
「………」
むろん、負い目に思っているであろう源の心の内に配慮した冗談である。
山元は、フィリピンの防衛戦で奮闘し、最後のチャンスで間一髪脱出、台湾に逃れたようすを得意げに語ったが、かなり脚色されているように源には思えた。にぎやかな語らいが一段落したちょうどそのとき、ノックの音がした。ドアの磨りガラスの向こうには、真っ白な調理師姿が浮かんだ。
「諸君、お昼にしよう」
すでに手配してあったらしい豪華な支那料理が、次々と運び込まれた。源にとっては、どれも初めて目にするご馳走ばかりだった。
「駅の反対側にある中華街から取り寄せたんだ。このビルのオーナーが華僑の方でな、中華街に店を出している。時代は変わった、つい数年前まで殺し合っていた相手が今ではビジネスパートナーだ」
山元は箸を割りながら豪快に笑い、二人に身ぶりで「遠慮するな」と勧めた。舌鼓を打ちながらの豪勢なランチタイムの最中も、三人は時間を惜しむように語り合った。特に山元は、興信所の仕事についての難解な口弁をたれた。
ご馳走をほうばりながら、たまたま顔を上げたとき、窓の外に掲げられた立派な看板が源の目にとまった。(「山元興信所」か、やっぱり山元さんは、たいしたもんだなあ)。
●執念と揺れる心
食後には、本物の珈琲(コーヒー)がふるまわれた。
この頃になると山元と田所の舌鋒も鈍りはじめ、わずかな町の喧噪を残して静かな時間が増えてきた。そしてそのささやかな静寂を、突然山元が破った。
「田所から水上での宴の件は聞いたぞ源、キミは思い違いをしているようだ。オレはキミがビルマで話してくれた『信州の狙撃手』つまり父上のことと、横濱の町『磯子』、そして『姉さんの悲劇』がその後もずっと頭から離れなかった。だから指宿に帰った直後から、それらのことを調べてみたんだ。そしていろんなことがわかった。…実はそのときのノウハウを活かして、この興信所をはじめたんだ」
いよいよ本題かと思い、源は緊張した。
「これから話すことは田所も知らんはずだから、二人ともよく聞いてくれ…」
そう言うと山元は、隣室から秘書に分厚い調査ファイルのようなものを運ばせた。笑顔を絶やすことなく脚を組み直し、ファイルをパラパラとめくり赤い付箋の付いたページで手を止めた。
「諸君、ゾルゲ事件を知ってるかね」
「!? …」
二人は、山元が発した意外な一言に驚き、豆鉄砲を喰らった鳩の如く目を見開いた。
源は小千谷駅で偶然居合わせた中年男の口述を思い出したが、その事件名ぐらいしか記憶になく、どんな内容だったかまではまったく覚えていなかった。田所も似たようなものらしく、二人は一様に首を振った。
「ドイツ人、リヒャルト・ゾルゲの事件だ。彼は卓越した共産主義者だった。ドイツ紙の特派員を装って日本に入国し、朝日新聞の記者だった尾崎秀実らと国家の中枢をも巻き込む一大スパイ網を構築し、戦前の重要な国家機密をソ連に流していた大事件だ。
『日本に精通したナチ党員の新聞記者』がスパイ・ゾルゲの表向きの顔だった。オットー駐日独大使にも信頼され、日本のみならずナチス・ドイツの国家機密や軍事情報まで入手し、共産主義の総本山であるソ連に送っていた。特に、自国の軍備増強が遅々として進まず『独ソ不可侵条約』に頼らざるを得なかったスターリンに、友好ムードの影に隠れて秘かに準備されていた独軍のソ連侵攻が間近であることを、ほぼ正確に通報していたことは有名な話だ。
一方日本側も、早くから共産主義者への警戒はしていた。しかし以前から捜査の管轄権をめぐって、陸軍憲兵隊と警視庁特高の間で必ずしも意思の疎通がうまくいっていなかった。軍事情報スパイは、本来陸軍憲兵隊の管轄だったが、特高警察は『ゾルゲ一派は軍事のみならず、国内の治安や国家体制まで脅かすコミンテルンのスパイだ』と主張した。紆余曲折の末、結局警視庁特高一課と同外事課がこれにあたることとなり、その後の昭和一六年にゾルゲ一派は一斉検挙され、一九年にゾルゲと尾崎は処刑された…」
二人は話の内容だけでなく、山元の意図がわからずに困惑し、ただただ不得要領のうなづきをくり返すばかりだった。
「一派の逮捕から遡ること一◯年前、ゾルゲが新聞記者として上海に現れた翌年にあたるが、特高は共産スパイの別のグループ『赤い雪』を捜査していた。これは共産党員や左翼文筆家などを中心とした日本人の地下組織だった。文民政府が弱体化し陸軍が国家の主導権をにぎりつつあった当時の状況を憂いた彼らは、軍の内部にもスパイ分子を広げようと考えた。
水面下で活発化するその活動を察知した特高は、ことが軍におよぶため、憲兵隊とも協議して慎重な捜査を開始した。そして翌年の昭和七年に、特高による一斉摘発が行われたんだ。逮捕を逃れた何人かは、のちに尾崎秀実らを介してゾルゲ一派と合流する…」
源は、いつの間にか外国製の煙草を吸っていた山元が、自身の顔をしきりにうかがっていることに気づき不審に思った。いったいこの事件が、自分にどんな関係があるのか、皆目見当がつかなかったからである。
「…ややこしい話につき合ってくれて、ありがとう。ここからは、二人にもわかりやすい話のはずだ」