走れ！ 第六部
雪江伯母さんも、おれが来たことと涼子さんを連れていることに、特別、驚いた様子はなかった。
「まあ、上がって」
と言われ、二人で居間へ行くと、健太伯父さんがソファーに座って退屈そうにテレビを眺めていた。
「伯父さん、こんにちは！」
おれが言うと、健太伯父さんはこちらを向き、
「お、来たのか」
と、特におれが来ることも珍しくないような口調で言った。どうして碇ヶ関にいるおれの親戚は、こんなにまでおれに対する反応が薄いんだろうな。
「伯父さん、岩本涼子さんです。旅の途中で知り合ったんですけど、今日と明日、泊る所がないそうで……」
おれが言うと、健太伯父さんは二つ返事で涼子さんが泊まることをOKしてくれた。
「伯父さん、伯母さん、ありがとうございます！宜しくお願いします！」
涼子さんは嬉しそうに健太伯父さんと雪江伯母さんに礼を言って頭を下げた。それを聞いた健太伯父さんは、雪江伯母さんに涼子さんの部屋を用意するように言うと、またテレビに目を戻した。テレビでは、青森のローカル局による地元の旅番組が放送されていたけれど、ちょうど終わってしまった。
さっき、竜平伯父さんの家でも茶を飲んだけれど、珍しく健太伯父さんが茶を淹れてくれた。見ていた番組が終わって、手持無沙汰になったようだ。せっかくなので、ここでもう一杯、茶を飲んだ。これもウチからお歳暮で贈った狭山茶だったんだけどな。
茶を飲みながら旅のよもやま話をしていると、雪江伯母さんが来た。涼子さんの部屋が用意できたみたいだ。大きな荷物を持って、涼子さんは2階に用意された部屋へ行った。居間に残ったおれも、自分の荷物を片付けなきゃいけないことを思い出し、
「後からまた来ます」
と、健太伯父さんに言って家を出て、とぼとぼと歩いて竜平伯父さんの家に戻った。居間に置きっぱなしにしていた荷物を2階に用意してもらった部屋へ持って行った。健太伯父さんの家に行っている間に、法子伯母さんが布団を用意しておいてくれたようだ。荷物を部屋に置き、そう言えば、まだ亡きじいちゃんとばあちゃんの仏壇に線香をあげていなかったことを思い出し、仏間へ行って仏壇に線香をあげる。周りがみんな、おれが来たことに何も驚いた様子がなかったので、こうして突然やって来て仏壇に向かって手を合わせているおれのことなんて、あの世にいるじいちゃんもばあちゃんも、何も不思議に思っていないんだろうなあと思いながら。
居間に戻り、また法子伯母さんと茶を飲みながらいろいろとよもやま話をした。法子伯母さんの話によると、つい最近になって村で初めてのコンビニがオープンしたそうだ。それまでは隣の大鰐町まで行かないとコンビニはなかったし、そのコンビニだって、都会にあるようなものではなく、どちらかと言えばスーパーマーケットのような性格のものだった。駅の売店がなくなってしまったのも、その影響かも知れない。村が栄えたことは嬉しかったけれど、馴染みの店が消えたのは寂しかったな。
また部屋でゴロゴロして一休みし、近くにあるお寺まで祖父母の墓参りに行くことにした。法子伯母さんに線香やマッチを手提げ袋に入れて用意してもらい、それを持って表に出た。すると、ちょうど涼子さんもどこかへ出かけるところのようで、健太伯父さんの家からこっちに来たところだった。
「あら、お散歩？」
「はい。祖父母のお墓参りに行こうと思いまして」
「そうなんだ。私は村の中を探検して来ようと思ってたけれど、迷子になるといけないから、どうしようか迷ってた」
涼子さんが苦笑いをしながらそう言った。その当時はGPS付きの携帯電話なんてほとんどなかったし、あったところで精度もロクなものじゃなかったからな。あの山の中でで迷子になったら、帰って来られないかも知れないよ。それで、
「赤の他人が行くのも変だけど、私もお墓参り行くよ」
と、二人で祖父母の墓参りに行くことになった。祖父母の墓はこの近くの寺にあり、そこまでは歩いて15分ほどだ。散歩にはちょうどいい距離かも知れない。
駅のすぐ近くにある踏切を渡って駅の裏の道を歩いて行く。少しずつ夏も終わりに近づいており、トンボがたくさん飛んでいた。そんな中を二人で歩いて行く。西日もまぶしい時間帯。長い影を従えて歩いて行くと、祖父母の眠る墓のある寺にたどり着いた。公園墓地とかではなく、なだらかな丘に墓石が並んでいるという、田舎にはよくありがちな墓地だ。
「久しぶりに来たから、どこがウチのお墓だったか覚えてないな……」
「こんなにお墓があるんだもんね。滅多に来ない人は忘れちゃうよ」
墓を探す前に、水道の所で桶とひしゃくを取り、桶に水を汲む。それから墓を探して歩くと、何とか見つけることができた。ひしゃくで墓石に水をかけると、
「貸して」
と、涼子さんが手を伸ばしたので、ひしゃくを手渡した。桶から水を汲み、
「赤の他人なんだけどね……。お邪魔させてもらうから……」
と言いながら、ひしゃくで墓石に水をかけた。そして、二人で線香をあげて墓石に手を合わせる。
墓参りを終え、元来た道を引き返して家に戻る。その途中で、駅前からの温泉宿の送迎バスを見かけた。
「はあ。どこか温泉行きたいな。せっかくだから」
涼子さんが、そのバスを見てポツリとつぶやいた。
「健太伯父さんに言えば、どこか連れて行ってくれるかも知れないですね」
「本当に？一緒に頼んでみよう！」
健太伯父さんの家にたどり着き、早速、健太伯父さんにどこかの温泉宿に連れて行ってもらえないか頼んでみた。すると、さっき涼子さんを泊めることを二つ返事でOKしたように、またも二つ返事でOKしてくれた。さすが健太伯父さんだな。雪江伯母さんが風呂の支度をし、それが整ったところで、表に止めてあった健太伯父さんの車に乗って、温泉へ向かう。碇ヶ関は温泉地なので、たくさんの温泉宿がある。そのほとんどで日帰り入浴をやっているので、まあ、埼玉の辺りで言うと銭湯みたいなものだな。今日はどこの温泉宿へ連れて行ってくれるのだろうとワクワクしていた。国道七号線を南下して行き、奥羽本線の旧線沿いを走って行くと、「湯の沢温泉郷」と書かれた看板があり、健太伯父さんはそこを右折して湯の沢温泉郷の方に車を進めた。国道から離れて行くにつれて、草木の生い茂った場所になる。こんな所に温泉宿なんてあるのだろうか。
それから相変わらず草木が生い茂る中の曲がりくねった道を進んで行くと、一軒の温泉宿が現れた。建物には「湯の沢山荘」と書かれてある。この辺りの温泉は硫黄泉らしく、硫黄の匂いが立ち込めていた。健太伯父さんはその湯の沢山荘の前に車を止めた。どうやら、ここの風呂に入るようだ。
「おお、こんな所に来てみたかった！」
と、涼子さんが言うと、雪江伯母さんは、それはよかったという顔で微笑んだ。
ひなびた温泉宿の中に入ると、
「おう！ショウ！元気か？」
と、健太伯父さんはフロントのカウンターにいた健太伯父さんと同じぐらいの年頃の男性に声をかけた。すると、その男性は、
「ああ、ケン！久しぶりだな！」
と、何だか嬉しそうに言った。どうやら二人は知り合いらしく、健太伯父さんが言うには、その男性は学生時代からの「相棒」らしい。