走れ! 第六部
土産物を買い終わったところで今度の碇ヶ関行きの列車の改札が始まった。改札口を通って乗り場へ向かう。今度の列車は、跨線橋を渡った先にある向かいのプラットホームからの発車だった。すでにさっきと同じ形の電車が来ており、あと10分ほどで発車のようだった。2両編成の後ろの車両に乗り、発車の時を待つ。弘前駅も今では立派な橋上駅舎を持つ駅になったし、発車する時なんかは、じょんがら節が流れるんだぜ。しかし、当時は田舎のターミナル駅という雰囲気だったな。奥羽本線にしても、五能線にしても、この駅止まりの列車もたくさんあるので、その列車が待機する線路もたくさんあるし、弘南鉄道というローカル私鉄も乗り入れてるから、駅の構内は広い。
涼子さんが駅の土産物売り場で買った「アップルスナック」を二人でつまんでいると、発車時刻となった。弘前駅を出ると、ほどなくして線路は単線になった。車窓からはリンゴ畑が見える。茶畑ばかりの街で生まれ育ったおれにも、目の前にある畑が茶畑ではなくリンゴ畑だということが不思議に感じた。涼子さんも車窓から見えるリンゴ畑を楽しそうに眺めていた。それから少しずつ、遠くには山々が見えて来た。この先はスキー場の多い山岳地帯となる。碇ヶ関を出て青森県と秋田県の境には大きな峠があるぐらいだからな。
「今度は山の中へ行くんだね!」
「はい。これから行く碇ヶ関村は、山に囲まれた温泉地です」
おれが話すと、
「村なんだ!」
と、涼子さんは驚いたように言う。おれはガキの頃からよく碇ヶ関村に行っているのでそんなに驚きもしなかったけれど、やはり市区町村の区分で「村」に馴染みのない人には驚きかも知れないな。ちなみに、碇ヶ関村は2006年に近隣の町と合併して平川市という市になったんだ。
列車は時々、その平川市の名前となった平川という川を見ながら走る。合併した市に平川が流れているから平川市というのも、何だか安直な名前だよな。
途中で止まった大鰐温泉という駅の名前を見て、
「この辺りは温泉が多いんだね!」
と、涼子さんが言った。きっと涼子さんは温泉が好きな人なんだろうなあと、おれは心の中で思った。おれもガキの頃から青森に来た時には必ず温泉に入ってるから、温泉は大好き。それに、形はどうであれ、久々に青森に来て大鰐という名前を聞いたから、何だか嬉しかったよね。その大鰐温泉駅を出ると、10分ほどで碇ヶ関に着く。だから、やっと祖国に帰って来たような、そんな気分になるんだよ。
弘前駅から乗った列車は、ゆっくりと碇ヶ関駅に入って行く。ここから先、大館や秋田の方に行く列車であれば1番線に入るけれども、おれ達が乗った列車は碇ヶ関駅止まり。しばらく経ったら折り返してまた弘前へ行くので、2番線に入った。本来、弘前や青森の方へ行く列車は、3番線に入るんだけどな。
かつては難所とされていたこの先の矢立峠を越える際に、補助の機関車を連結していた場所で、つい先日、廃止になった寝台特急あけぼの号も止まった碇ヶ関駅。今でも青森と秋田を結ぶ特急つがる号が止まるし、新幹線が新青森まで伸びる時に放映されていたコマーシャルにだって出たんだぜ。それでも、昔から静かな駅だった。駅に降り立って驚いたのが、村人にとってはコンビニのような存在だった売店がなくなっていたことだった。それがなくなったことにより、駅舎の中も切符売場とか待合室ぐらいしかない状態になり、静まり返っていた。駅前だって温泉宿の送迎バスを止める場所やタクシー会社の小さな営業所ぐらいしかない。いずれにせよ、売店がなくなって静まり返った感じのする碇ヶ関駅とその周辺。涼子さんはその風景を初めて見るわけだから、辺りを見回して、
「おお、いい所に来てしまったなあ!」
と、本当に嬉しそうに言った。遠くには山が見える。碇ヶ関村は、本当に山に囲まれた場所なんだ。
碇ヶ関駅から少し歩いた所にある国道沿いに、宗一郎叔父さんとはまた別な親戚の家がある。そこに住んでいる竜平伯父さんがオヤジの一番上の兄で、早逝した祖父に代わってオヤジの面倒を見ていた人だ。よくよく考えたら、その竜平伯父さんにオヤジのことを言いつけるつもりで家出したのに、この時にはそのことをもうすっかり忘れてたよ。
竜平伯父さんの家にたどり着くと、家の前では大柄な竜平伯父さんが何やら仕事道具の工具などを手入れをしていた。
「伯父さん、こんにちは!」
おれが声をかけると、竜平伯父さんは作業をする手を止めて振り向いた。
「おう、ジュンか。どうした?」
竜平伯父さんは、まるでおれが来ることなんて全然珍しいことではないような口調で言った。久しぶりに来たんだから、少しは驚いて欲しかったよね。おれが涼子さんを連れていることにも驚いた様子はなかった。ちなみに、みんな津軽弁をしゃべっていたけど、今は話が分かりやすいように標準語に通訳して話すから。
「まあ、とにかく上がって茶でも飲め」
静かにそう言いながら、竜平伯父さんは手入れをしていた仕事道具を片付け始めた。おれ達は竜平伯父さんに言われた通り、涼子さんと家に上がった。
「あら、ジュン。来たの?」
玄関のすぐ脇にある居間へ行くと、隣の台所にいた法子伯母さんがおれを見て言う。竜平伯父さんみたいに、まるでおれが珍しくも何ともないように。
「あらあら、こんなべっぴんさんを連れて来て。こんな汚い家でごめんなさいねえ」
そう言いながら法子伯母さんは台所から出て来ると、棚から急須やら湯呑みやらを取り出して、おれ達に茶を淹れる準備を始めた。
「初めまして。岩本涼子です!」
涼子さんがそう言って頭を下げると、法子伯母さんは、近くにあった座布団をポンと軽く叩き、座るよう促した。
「随分とかわいい人を連れて来たね」
茶を淹れながら、法子伯母さんが涼子さんを見て言う。
「旅の途中で知り合ったんです」
おれが言うと、法子伯母さんは、
「ふうん」
と一言だけ。あんまりおれ達のことには興味がないようだった。
「それで、伯母さん。涼子さん、今日と明日の泊る所がないみたいで……」
「うーん……」
法子伯母さんが、困惑したような表情を浮かべてうなる。そう。この家にはもう空き部屋がなく、涼子さんが寝る部屋もない。しかし、
「健太の所に行けば空き部屋はあるから、頼んでみな」
と、法子伯母さんが言った。健太とは、オヤジの2番目の兄で、この家のすぐ近くに住んでるんだ。
「とりあえず、ゆっくり茶でも飲んでな」
法子伯母さんがそう言うので、おれ達は二人して茶を飲んだ。そのお茶は、おれの家から前の年のお歳暮で贈った狭山茶だったよ。まさかあんな形で自分の家から贈った茶を飲むとは思ってもいなかったよな。
茶を飲み終え、涼子さんを連れて健太伯父さんの家に行ってみる。涼子さんは泊めてもらえることを確信していたのか、例のお菓子ばかり入ってるんじゃないかっていう大きなカバンを持っていた。
健太伯父さんの家もまた、国道沿いにあって、竜平伯父さんの家からは歩いて五分ほどの所だ。健太伯父さんの家にたどり着き、
「こんにちは!」
と、玄関の引き戸を開けて大声で言うと、雪江伯母さんが出て来た。
「あら、ジュンじゃない」
涼子さんが駅の土産物売り場で買った「アップルスナック」を二人でつまんでいると、発車時刻となった。弘前駅を出ると、ほどなくして線路は単線になった。車窓からはリンゴ畑が見える。茶畑ばかりの街で生まれ育ったおれにも、目の前にある畑が茶畑ではなくリンゴ畑だということが不思議に感じた。涼子さんも車窓から見えるリンゴ畑を楽しそうに眺めていた。それから少しずつ、遠くには山々が見えて来た。この先はスキー場の多い山岳地帯となる。碇ヶ関を出て青森県と秋田県の境には大きな峠があるぐらいだからな。
「今度は山の中へ行くんだね!」
「はい。これから行く碇ヶ関村は、山に囲まれた温泉地です」
おれが話すと、
「村なんだ!」
と、涼子さんは驚いたように言う。おれはガキの頃からよく碇ヶ関村に行っているのでそんなに驚きもしなかったけれど、やはり市区町村の区分で「村」に馴染みのない人には驚きかも知れないな。ちなみに、碇ヶ関村は2006年に近隣の町と合併して平川市という市になったんだ。
列車は時々、その平川市の名前となった平川という川を見ながら走る。合併した市に平川が流れているから平川市というのも、何だか安直な名前だよな。
途中で止まった大鰐温泉という駅の名前を見て、
「この辺りは温泉が多いんだね!」
と、涼子さんが言った。きっと涼子さんは温泉が好きな人なんだろうなあと、おれは心の中で思った。おれもガキの頃から青森に来た時には必ず温泉に入ってるから、温泉は大好き。それに、形はどうであれ、久々に青森に来て大鰐という名前を聞いたから、何だか嬉しかったよね。その大鰐温泉駅を出ると、10分ほどで碇ヶ関に着く。だから、やっと祖国に帰って来たような、そんな気分になるんだよ。
弘前駅から乗った列車は、ゆっくりと碇ヶ関駅に入って行く。ここから先、大館や秋田の方に行く列車であれば1番線に入るけれども、おれ達が乗った列車は碇ヶ関駅止まり。しばらく経ったら折り返してまた弘前へ行くので、2番線に入った。本来、弘前や青森の方へ行く列車は、3番線に入るんだけどな。
かつては難所とされていたこの先の矢立峠を越える際に、補助の機関車を連結していた場所で、つい先日、廃止になった寝台特急あけぼの号も止まった碇ヶ関駅。今でも青森と秋田を結ぶ特急つがる号が止まるし、新幹線が新青森まで伸びる時に放映されていたコマーシャルにだって出たんだぜ。それでも、昔から静かな駅だった。駅に降り立って驚いたのが、村人にとってはコンビニのような存在だった売店がなくなっていたことだった。それがなくなったことにより、駅舎の中も切符売場とか待合室ぐらいしかない状態になり、静まり返っていた。駅前だって温泉宿の送迎バスを止める場所やタクシー会社の小さな営業所ぐらいしかない。いずれにせよ、売店がなくなって静まり返った感じのする碇ヶ関駅とその周辺。涼子さんはその風景を初めて見るわけだから、辺りを見回して、
「おお、いい所に来てしまったなあ!」
と、本当に嬉しそうに言った。遠くには山が見える。碇ヶ関村は、本当に山に囲まれた場所なんだ。
碇ヶ関駅から少し歩いた所にある国道沿いに、宗一郎叔父さんとはまた別な親戚の家がある。そこに住んでいる竜平伯父さんがオヤジの一番上の兄で、早逝した祖父に代わってオヤジの面倒を見ていた人だ。よくよく考えたら、その竜平伯父さんにオヤジのことを言いつけるつもりで家出したのに、この時にはそのことをもうすっかり忘れてたよ。
竜平伯父さんの家にたどり着くと、家の前では大柄な竜平伯父さんが何やら仕事道具の工具などを手入れをしていた。
「伯父さん、こんにちは!」
おれが声をかけると、竜平伯父さんは作業をする手を止めて振り向いた。
「おう、ジュンか。どうした?」
竜平伯父さんは、まるでおれが来ることなんて全然珍しいことではないような口調で言った。久しぶりに来たんだから、少しは驚いて欲しかったよね。おれが涼子さんを連れていることにも驚いた様子はなかった。ちなみに、みんな津軽弁をしゃべっていたけど、今は話が分かりやすいように標準語に通訳して話すから。
「まあ、とにかく上がって茶でも飲め」
静かにそう言いながら、竜平伯父さんは手入れをしていた仕事道具を片付け始めた。おれ達は竜平伯父さんに言われた通り、涼子さんと家に上がった。
「あら、ジュン。来たの?」
玄関のすぐ脇にある居間へ行くと、隣の台所にいた法子伯母さんがおれを見て言う。竜平伯父さんみたいに、まるでおれが珍しくも何ともないように。
「あらあら、こんなべっぴんさんを連れて来て。こんな汚い家でごめんなさいねえ」
そう言いながら法子伯母さんは台所から出て来ると、棚から急須やら湯呑みやらを取り出して、おれ達に茶を淹れる準備を始めた。
「初めまして。岩本涼子です!」
涼子さんがそう言って頭を下げると、法子伯母さんは、近くにあった座布団をポンと軽く叩き、座るよう促した。
「随分とかわいい人を連れて来たね」
茶を淹れながら、法子伯母さんが涼子さんを見て言う。
「旅の途中で知り合ったんです」
おれが言うと、法子伯母さんは、
「ふうん」
と一言だけ。あんまりおれ達のことには興味がないようだった。
「それで、伯母さん。涼子さん、今日と明日の泊る所がないみたいで……」
「うーん……」
法子伯母さんが、困惑したような表情を浮かべてうなる。そう。この家にはもう空き部屋がなく、涼子さんが寝る部屋もない。しかし、
「健太の所に行けば空き部屋はあるから、頼んでみな」
と、法子伯母さんが言った。健太とは、オヤジの2番目の兄で、この家のすぐ近くに住んでるんだ。
「とりあえず、ゆっくり茶でも飲んでな」
法子伯母さんがそう言うので、おれ達は二人して茶を飲んだ。そのお茶は、おれの家から前の年のお歳暮で贈った狭山茶だったよ。まさかあんな形で自分の家から贈った茶を飲むとは思ってもいなかったよな。
茶を飲み終え、涼子さんを連れて健太伯父さんの家に行ってみる。涼子さんは泊めてもらえることを確信していたのか、例のお菓子ばかり入ってるんじゃないかっていう大きなカバンを持っていた。
健太伯父さんの家もまた、国道沿いにあって、竜平伯父さんの家からは歩いて五分ほどの所だ。健太伯父さんの家にたどり着き、
「こんにちは!」
と、玄関の引き戸を開けて大声で言うと、雪江伯母さんが出て来た。
「あら、ジュンじゃない」