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私の読む「源氏物語」ー84-手習3-1

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「亡くなってしまった故姫君を、忘れられなくて、悲しみを抑えられないようであるので、妹尼が意外な人を手に入れられて、明けても暮れても毎日の、心を慰める物として、思っているようであるが、気を楽にして寛いでいるその女を貴方はどうやってご覧なさいますか」
 と中将に浮舟の存在を言う。「俗人の美しい女のいるような事が此処にあったのだと中将は知って興味を感じて、あのちらりと後ろ姿を見たあの女は、誰であろう。妹尼が心慰めに毎日見る物にしていると言う通りなる程、大層綺麗であったと、中途半端な後ろ姿をちらりと見たから、中将は却って気持ちが高揚して、少将尼に細かなことを聞くが、事情をありのままに、少将尼は答えなくて、
「自然にお分かりになるでしょう」
 と言うと、中将は突然に問い聞くような事も、体裁が悪い気がするので、
供人が、雨も止みましたし、帰宅なさらないと日も暮れます、と言うのにせき立てられて中将は帰ろうとする。その際に近くの女郎花を折って、僧正遍昭の「こゝにしも何匂ふらん女郎花人の物言ひさがにくき世に」。この上句の一部を取って、
「こんな所に、どうして匂う(美しい女がいる)のであろうか」
 と、何となく独り謡いながら立っていった。尼達は、
「人の噂を気にして」
「まだここにいたいようなのであるけれども然しながら、人の噂を考えなされて気になさるのが、いかにも奥ゆかしい」
 古風の尼達は、中将への称讃を互にしていた。妹尼は、
「大変清らかに申し分ない程に、中将は大人におなりになったなあ。他人として見るも、婿として見るも、見るのは同じ事であるならば、娘の婿であった昔のようにあの女の婿として見るようにしよう」
 更に、
「中将の今の妻の父藤中納言の御邸には、中将は絶えず通われているようであるが、妻には余り興味がないようで、父親の御殿に、多く居られると、人が言ってました」
 と言って、
「情ない事に、貴女(浮舟)が何かと不愉快そうに思いなされ、私に物を言われないことが、私はとても辛いのです。今は、こうしてここに居るのが、当然そうなるべき運命なのだと、考えて、心身を暢喜に楽しくなさいませ。私が、この五年六年と時間を忘れず、恋しい悲しいと、想い続けている亡き娘も、貴女をこのように見てからは、すっかり思う事を忘れてしまっております。貴女も、恋しく悲しいと、当然思われる人達がこの世に居られても、これだけ時が過ぎれば、貴女はもう亡き人として思いを断ち切ってしまわれているでしょう。世の中の万事、喜びでも悲しみでも、その当座と同じようには、いつまでもあり得ない事で、月日と共に忘れられるものであります」
 と言われてみると、浮舟は一段と涙ぐんで、
「貴女と打ち解けないようなことは私の心の中にはありませんが、不思議な運で、私が生き返った時に、私の今までの身の上の総てが、夢のようにはっきりとしないようになり、この世でない別世界に生まれた人はこんな気持であるのかと、思われて、今は私を世話をしてくれる人がこの世には居ないであろうと、只もう一途に、貴女を親身に頼りに思いています」
 隔てる心はないと言った通り、何の隔心もなく可愛らしくて妹尼は笑いながら浮舟をじっと見つめていた。
 中将は比叡山の横川に到着して,横川の僧都の方でも、珍しいお方が見えたと、世間話を色々とする。中将はその夜は横川に泊まって声の綺麗な僧に経を読ませて、一晩中、管絃の演奏をする。弟の禅師も色々と話をするついでに、中将は、
「小野の妹尼の所に立寄って何となしにしみじみと感慨無量であったなあ。妹尼は世を捨てているけれども、それでもやっぱり、あれ程の思慮のある物わかりのよい人は、世の中にそうある者でもない、珍しい方である」
 と話す内に、
「あの家で風が吹き上げた簾の隙間から髪の長い美しそうな女を私は見た。その女は、外から見られる、とでも思ったのであろうか、そこから立って、奥の方にはいった後姿は、普通の女房などの類の女とは見えなかった。尼法師達のいるそのような所に、美しい女を置いてあってはならないものと思う、そこで明け暮れ見るのは法師である。いつも尼法師を見馴れるので、女らしさも失われて、尼法師と思われるであろう。いかにも気の毒な事であるなあ」
 禅師は、
「この春に初瀬に参詣した帰りに、尼達が不思議な事情で、宇治で見つけ出した女であると、拙僧は、かつて聞いておりました」
 とその人を見たこともないので、禅師は兄に細かいことは言わなかった。
「可哀そうなの話であるなあ、その女はどの様な身分の者であろうか。男女の間を、情なくつらい事として、世を憂しと言う宇治のような所に、隠れていたのであろうなあ。そのようなことは、昔の物語の人のような気もするなあ」
 次の日に京に帰るときにも、中将は、
「素通りして京に帰るも、何となく気が重い」
 と言って、小野の尼庵に立ち寄った。当然中将が立寄るはずと、用意をして待っているので、故姫君が在世の昔通って来た事を思出す持てなしで、給仕をする少将の尼達の、尼姿の袖口は、鈍色または檜皮色で、常の女房などとは様子が違っているけれども、それはそれで趣きがある。亡娘の昔を思出して一段と涙勝ちで、妹尼はおられた。妹尼との話の中で、中将は聞きたい本音を、
「人目につかぬようにして、ここに居られるようである女人は、誰でございますか」
 と問う。うるさい事を聞かれて困るけれども、中将がちらっとでも見つけた女なのに、隠すことも妙なことであると思って、
「亡き娘を忘れられないので、一段と、亡き娘への執念の罪障が深いとばかり、思わずにはいられませぬ私の慰めのために、幾月か前から、世話をしている人でござります。どういう人なのか、この人は心配事の多いようで、この世に存命していると、人に知られるのが苦痛のようにして忍んでおられるから、
こんな谷底のような処に誰が尋ねてくることがあるものかと思っていましたが、貴方がどうして、この人の事を聞き出すことが出来たのですか」
「何のかかわりもないこの人に、出し抜けに懸想心を起して、私がもし、ここに参上するような場合があったとしても、それでも、ここに来るまでの山深い道の苦労の恨み言を、きっと申すことでしょう。まして、この人は、私に何のかかわりもないわけでもなく尼君が故姫君、即ち私の亡き妻の代りとして、御思い寄せなされるような方であると言うことは、私に関係のない別な事として、私に隠されてはならないことです。どのような事情で、この世を恨みなさるのか、私がじっくりとお聞きすることに致しましょう」
 中将は逢いたそうに言う。ここから帰る、と言うので、帰りしなに懐紙に、

あだし野の風になびくな女郎花
    われしめゆはん路遠くとも
(私でない、浮気な男(あだし野の風)に靡くなよ、御身(女郎花)を私の物として周囲にしめ綱を張り結んで貴女を自分の者にしよう、ここまで道が遠くても通って来て)

 と書いて浮舟に少将の尼を通して送った。尼もこれを見て、
「この返事をお書きなさい、中将は奥ゆかしい方であるから、返事をしても、心配する事はないと思う」
 浮舟に説明して返事を勧めるから、
「見苦しい下手な字を、私はどうして書けましょうか」