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私の読む「源氏物語」ー84-手習3-1

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 かつて私と関係のあった方面に、このような京から来る人が行き来して、自然と、私が、この世に生存しているのであったと、みんなに知れ渡ると言うことは、私に取っては、甚だ恥ずかしいことである。どんな状態で流浪していたのであったろうかなどと、人の思わくが、当然のことに男に誘われたのかなどとすぐに男と結びつけるから、京から来る、このような類の人達に浮舟は決して逢わない。ただ、侍従とこもきと言う童女は、妹尼君が、自分の召使う中から二人をだけ、浮舟の力にと、妹尼君が申しつけて、手もとから分けたのであったこの二人だけは、妹尼からきっちりと言い含めてあった。此の二人は、容貌も気立ても、かつて見た京の人に似ている所はない。見聞する何事につけ ても、この世の中でない浮世 離れをした、身を隠す場所は、此処なのであろうかと、浮舟は悲しく寂しくはあるけれども、一方では、自然に諦めることが出来るのであった。
 外の人に知られたくないと思うと、浮舟はこれ程にまで忍び隠れするから。「真実に面倒な事情や理由がある女であるのであろう」と思って、浮舟の詳細な事情は、僧庵にいる人違にも浮舟は何も言わないのであろうと、詳しいことは妹尼は誰にも言わなかった。
 妹尼の亡き娘の婿の君で、今は中将として宮中に仕えているが、弟の禅師が、この僧都のもとで弟子として修行をしているのが、僧都と一緒に比叡の山籠もりをしているのを、見舞いに兄弟達が常に山に登ってきていた。京から横川に通ずる道のついでにかこつけて、中将は小野の僧庵に立ち寄った。
前駆が先ばらいをして、上品な男(中将)が、こっちにはいって来るのを、浮舟は離れた所から見つけて、かって忍ぶようにして宇治に来た薫の容姿や態度が爽やかであったのを思い出していた。宇治のようにここ小野の尼庵も、心寂しい生活で、これといってする事もないけれども、共に住む妹尼達が何となしに綺麗であり、風情あるように住居をしていて、垣に植えた撫子も可愛らしく、女郎花や桔梗なども咲き始めた中を、色々な狩衣姿の男達、若いとも人数多く連れて、中将も供の者と同じ狩衣装束で、尼庵の母屋の南面に茵を出して請じ入れると、庭の花を眺めていた。中将は歳は二十七八ぐらいで大人大人して調和が取れ、分別や理解のない事はない様子を持っているようである。妹尼は障子口に几帳を立てて中将と対面した。尼は先ず涙を流して、
「年月のたつにつけては過ぎてしまったあの時代が遠い世のような気がいたしますが、しかし、この小野の山里の光として、今でもやっぱり、貴方を御待ちしていることを、忘れず、また絶えませぬ事を、当然のこととして不思議に思っております」
 と言うと、中将は、
「人知れず内心に、過ぎてしまった色々の事柄を、しみじみと自然に思われない折はないけれどもねえ。強いてこの浮世を住み離れ捨てているようである貴女の姿に、無沙汰のまま、いかにも過しておりまする。弟の禅師の山籠もりも、私は羨しくて、始終訪ねて行くのですが、山に行くのは、一人でも幾人でもどの道同じ事であるならば、同行したい、などと後を慕って、自然私に身を纏いつけなされる人達のために、本当に邪魔せられる状態でして、訪問もしないのでありました。今日は
同行の人を断りまして訪問した次第です」
「山籠もりを御羨みなされる事は、真実の言葉でなくて、いかにも今時の方の言う言葉の真似でございましょう。昔の事を忘れなく思いなされての御訪ねの御気持も、軽薄なこの頃の世間の風に靡かない御心であると、粗略でなく、貴方を思わずにはいられない折が、沢山こさりまする」
 供の者に水漬け飯などのような物を食べさせ、中将にも乾燥させて菓子の材料にも用いられる蓮の実を妹尼が差し出したら、かつては婿として馴染んでしまった亡妻の里なので、中将は、話をする事は勿論食事をするような事などまでも、遠慮のいらない気がするので、にわか雨が降り出して足を止められて、妹尼と話をした。言うても甲斐のなくなってしまった亡娘よりも、かっての婿であったこの中将の心遣いなど。かつて思った通り申し分がないのであったから、今はかっての身内をよそ者として思っていたことが悲しい。中将は、どうして、せめて忘れ形見(子供)をだけでも、娘の腹に置かなかったのかと、たまにこうして中将の訪問を受けるのは非常な悦びであったから、中将が尋ねもしないのに語る宇治の一件の話、大事な秘密としていることもつい口へ出てしまった。妹尼は娘の事を思出しているのであるけれども、浮舟自身は、自分は自分と、一人で昔を思出す事が多いので、じっと物を考え込んでいる姿は、大層可愛い。まだ暑いので裏の無い白い単衣の、大層無風流にはっきりしたものに、袴は、普通ならば紅の袴なのであるが、ここの人達は、出家が多く用いる檜皮色を着るのに馴れているからであろうか、浮舟にも着せていル野で、浮舟は、このような服装についても、昔着たものとは変って、変な調子であるなあと、思いながら、ごわごわとして、かど立っている物を着用した姿が、また変わって味のある姿である。妹尼の女房達も、
「故姫君が生き返って、また御ありなされた気ばかり致しまするのに、中将殿が並べば、感慨無量に思います」
「あの人が一人こうしているのも、また、人妻となるのも同じ事であるならば、中将を、故姫君の在世の時のようにして、あの人の婿になさいましては」
「そうすれば二人はよい夫婦になられるでしょう」
 と言い合っているのを浮舟は聞いて、ああ、大変にいやな事、この世に生きていて、どうあってもこうあっても、自分は男にの人妻となる事は、何としてもつらい。人に世話せられるにつけて、いかにもつらかった薫や匂宮などの昔の事が、自然に思出されるであろう。その人妻となるようなことは、思いを断って、忘れることであると、思う。 
 妹尼が、奥に入った間に、中将は、雨模様を見て晴れないのに困って、昔、少将と言った人(尼)の声を聞き知っているので、呼び寄せた。中将は、
「昔、故姫君存命時代に仕えていた女房達は、みんな此処で働いているのであろうかと、私は思いながらも、このように此方を尋ねることが難しくなり申した。だから、薄情な者であると、みんなが思っているのであろう」
 故姫君に仕えて自分とも慣れ手しまった人なので、中将は、自分を置いて死んでいった妻の事なども思い出したついでに、
「先ほど、廊の端から私がはいった時、風が吹き付けたのに紛れて、簾の隙間より普通の俗の姿ではないような女の垂れ髪の見えたのは、世を捨てなされた僧庵に、誰であろうかと、驚いたのでした」
 少将尼は、あの人が、居間から出て行った後姿を、中将が見たと言うことであろうと思い、後姿をちらりと見ただけで、それ以上の姫君を細かに見せたならば、中将は、あの女に心が奪われてしまうであろう。妹尼の亡娘、中将の亡き妻は、あの女に比べると相当劣っているのであるが、未だに忘れられないようであるからと、少将尼は、自分一人で考えて、