私の読む「源氏物語」ー84-手習3-1
朝廷からの呼び出しにも応じることなく、深く山に籠って修行をしてきたのを、僧都は山を降りてしまい、こんな素姓も分からない女の為に修法を行う、と世間に評判がもし立つならば、あまりよいことではないと僧都は思い、弟子達もそのように思って、この祈祷のことを他人に漏らさないようにと秘密にした。僧都は、
「さてさて、あまり喧しく騒がないで。大徳達よ。拙僧は戒律を破って恥じることのない法師である。謹み避ける戒律は多くあるが、それでも破る事項は沢山あるなかで、女のことで誰からも誹謗を受けたことはない。齢六十を越えるようになって、今回の修法を世間から批難されればそれは当然受けなければならないことである、これは因果であろう」
と、弟子達に言うと、
「知識のない者が、この修法を不都合なことであると、言い触らしたら」
「佛道の不名誉となる」
僧都の言葉に理解はするが、それでも困ったことと不満そうに言うのである。
「この修法に効果が見られなければ、自分は死を覚悟している」
と大変な約束を仏として三日間、休みなく祈祷を続けた明け方この女に取りついている物の怪をよりましの童に乗り移らせて、「なんというものがこのようにこのひとを苦しめ惑わしているのか、その理由を言ってみよ」
とこの物の怪に言わせようと、弟子の阿闍梨が思い思いに加持祈祷を行う。最近とんと現れなかった物怪も、調伏されて、憑坐の童に乗り移って言う,
「お前は、この小野までやってきて僧都達にこのように祈祷をうけられるような身分ではない。かって仏道を修行した法師で、死後に少しばかり恨みをこの世に残して成仏出来ずに、この世とあの世の中間の暗いところを歩いていた間に、かつて多くの娘さんが居られた宇治の八宮の所に住み着き、一方の娘さん大君を死なせたが、この女の死は自分からこの世を恨み、どうにかして死のうと、夜昼考えていたのにうまく入り込むことが出来て、大変暗い夜でした、この人一人死のうと思い立っているのを川に飛び込むように仕向けてやったのです。ところが初瀬の観音があれこれとこの女の世話をやくので、わしは、この僧都の法力に負けてしまったのである。さらばこの女から退散することにする」
と腹立たしく大声で喚く。
「そういうお前は、誰なのだ」
と、問うと、物の怪が取りつい憑坐の童は気力が無くなってしまったのか、はっきりと名前を言わなかった。だが、病んでいたこの女は気分が爽やかになり少し正気を戻したようで周囲を見回すが、誰一人見知った顔がなく、全員が口の歪んだ老法師ばかりであったので、彼女は見知らぬ処へ来たような気持ちがして悲しくなった。読者もお気ずきであろうが、この女は、薫達が死んだと思っているあの浮舟である。彼女は正気を失う前のことをやっと思い出すが、その当時住んでいた処や、自分の名前はと、浮舟ははっきりと思い出すことができなかった。ただ、自分は、今がこの世の終りであると、考えて川に身を投げた者であるようで、今は何処の世界に来たのであろうか。と、強いてまた思出すと、悲しさは大変つらいと、あの時私は世を嘆き家人が皆寐てしまったのを確かめて、妻戸を開けて外に出た時に、風が激しく吹き宇治川の川音が荒々しく聞こえたのを一人ではなんとなく恐ろしいので、過去も未来も考えていると濡縁(簀の子)の端に腰掛けて足をおろしたまま、当然行くべき方向も、見当がつかないので家の中に帰って行くとしても、中途半端なので、思切って、この身をこの世から無くしてしまおうと、決心したけれども。死に損うような)状態で、人に見つけられるような事よりは、いっそ、鬼でも何でも食って私を殺してくれよと、言いながらしみじみと物を思いつめていたのを、綺麗な男が寄って来て、「己の所へ、さあ来給え」と言って私を抱き上げたようであったが、匂宮という方がなされることであると、自然に思われた時から、私の気持が、何事も分別がつかなくわからなくなってしまったのであったように思う。私の知らない処に私を座らせてその男は消えてしまったと、思ったけれども、本意(入水)の事も実行せず、このような状態に、結局なってしまったと、思いつつ、思いきって泣くと自分で思う程に、その後のことは絶えてしまって何事も憶えていない。看病をして下さる妹尼達の言う事を聞くと、助けて貰ってから相当の日数が已に立っているそうだ。その間、正気の無かった時の情ない様子を知らない人達に看病されてまた見られたのであったと、浮舟は恥ずかしく、このような状態で、結局生き返ってしまったのかと思い、死ねなかったのが口惜しく、悲哀もひどく自然に感ぜられるので、浮舟は、失神して患っていた長い間は、正気もない状態で、中/\食べ物を多少は食べることもあるのであつたのに、正気に戻った今になって、ほんの少しだけの煎じ薬でも口にしなくなった。妹尼は、「どう言うわけで、貴女は、このように物も食べずに生きようとはしないのですか。微熱が続いていたのも今は止まって、気分爽やかに見えます、私も嬉しくて」
と、泣きながら油断する時もなく附添うていて、浮舟を看護するのである。この家の女房達も、そのままに捨て置くのが惜しい、美しい浮舟の容姿を見れば心を尽くして浮舟が死を迎えることがないようにと彼女を守り続けた。それでも心の中には、今まで通りにやっばり、どうにかして死のうと、浮舟は未だに思いつづけているのであるが、あれ程の重い患いであったけれども、生き延びた命であるから、命は大層執念深くて頑固で死ぬこともなく、やっと気力も出た来たので、浮舟は食事などを食べるのであるが、どうも、却って顔が面やつれて痩せて行く。そうであるが全快はいつか。早く全快なさればよいと、妹尼は嬉しく思うのであるが、浮舟は、
「尼にして下さい。そうして尼になってだけが、私は生きていくことが出来そうです」
「尼には御気の毒な容姿でおありですからねえ。どうして、そう尼にはすることは出来ません」
と妹尼は言って、頭の頂上の髪だけを少し剃り、五戒だけを僧都から受けさせ、形式だけ尼になった事にしてあげた。五戒だけを授けられたのでは、不満足であるけれども、もともと、ぼうっとして、はっきりしない、浮舟の気持なので、出家する事を、気強く、また無理にもと妹尼には言わない。僧都は、
「物怪も調伏したから、只今は修法はこの程度で止めて、今後は病気を直すのに専念すること」
と言い置いて山に帰っていった。
作品名:私の読む「源氏物語」ー84-手習3-1 作家名:陽高慈雨