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私の読む「源氏物語」ー83-蜻蛉ー2

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 と答えた。薫はそれを聞いて、名をさしての返答は、不都合な事である、仮にも、その女房に懸想している匂宮に、そのまま、彼女の名を言うような礼儀を失したことは中将の君にも匂宮にも、気の毒で、匂宮は、女房達全部に馴れ親しんでいるようであるとしても、薫は気分が落ち着かない。親しく手を下して、無理に口説きをする匂宮の態度に女は仕方なく靡くのであろう。
薫は自分の好色に就いて匂宮との関係については、ここの女房達とも親しくなれず、また思いを寄せられるようなこともないのが悔しく、匂宮が憎らしく羨しく辛いばかりである。何とかして、この明石中宮方の女房達の中に、稀な美しい者があるならば、そんな女房でいつもの通り、匂宮が熱中して、愛しなされるような者を、薫が口説いて手に入れて、自分がかつて浮舟を取られて心安からず思ったように匂宮に仕返ししてみたい。本当に思慮分別のあるような女は、薫に靡くものである。それでも、むつかしくなかなかそう簡単いには無いものであるなあ、女の思慮分別のある心というものはと思うと、中君が、息子の匂宮の浮気の行状をば、親王としては相応しくないと思い、好色な面で薫と中君との間の親密さが進んで行く事に就いて、世間一般の思わくを薫は苦しいと心に思いながらも、
やっぱり、中君が、私を捨てかねる者として、理解している、その気持は、世に類なく、しみじみと感心するのであった。中君のような、思慮分別のある物のわかった女は、沢山の女房達の中にいるであろうか、女房達の中に立入って関係し、裏面まで深く体験しないから薫には分からない。最近寝起きにすることもなくて、多少は、浮気も経験してみたいなあなどと思ってみるがそれはやはり薫には無理なことである。
 八講の時に女一宮を垣間見したあの西の渡り廊を、八講の折にあった覗き見の癖がついて、わざわざ西の渡殿に薫が出かけて行くのも、薫には自分ながら妙な気がする。女一宮は夜は明石中宮の方に行くので、女房達は月見をするというのでこの渡殿にくつろいで気楽に話し合っていた。その時箏の琴のやさしく親しみ深く弾き楽しんでいる爪音が、美しく聞こえてきた。女房達が思いかけない音色と思っているところに薫は寄っていって、
「どうしてこのように 曲に心が奪われるように、演奏なさるのか。弾く人を見たら、更に心は動くであろう」
 「耳ニ聞ケバ、猶、気絶ユルガ如ク、眼二見レバ、イカンゾ、憐(オモシロ)カル」薫は遊仙窟の文から取った言葉で言った。女房達は驚かずにはいられないようであるけれども、少し上げた簾を降ろすこともなく一人の女房が起きあがり、
「物ごし風采の、当然私に似ているはずの崔李珪(さいりけい)のような兄は、私にごさりましょうか、こさりませぬ」
 と、同じく遊仙窟の、容貌(カオバセ)ハ、舅(オジ)ニ似タリ、潘安仁ガ外甥(ハハカタノオイ)ナリ、気調(イキザシ)ハ、兄(コノカミ)ノ如シ、崔李珪ガ小妹(オトイセウト)ナリ。と薫に答える声は女一宮の女房である中将御許とか言うのであった。
「私はいかにも、(十娘ならぬ、女一宮の)御母方の叔父である」
 と、何でもない故事から取った言葉を言って、
「いつものように、明石中宮方に女一宮はいらっしゃいますね。女一宮はどのような事を、六条院に里住みのこの期間に、やりなされるか」
 などと、女一宮がここにいないので、つまらなく思いながら聞く。
「どこにおいでであってもも、何をなされましょう。どこでも別に変った事はありませぬ。専らこのように琴などを弾いたり、演奏などして過ごしてお出でです」
 と言うのに、風情(興味)のある御身の上であるなあと、薫は思うに、何と言う事なしに溜息を思わず知らずしたので、変だなと思う人もあるかと、紛らわすために、女房が差し出した和琴を薫は調子も整えずに弾きだした。律旋法(短調)の調子は、不思議に、秋の季節に合うものであると、聞く声調であるから、聞きにくいことはないが薫は気に入らないので弾き終わらないのを、中途半端に一部分だけ弾くのでは、却って弾かなかった方が良かったと、音楽に興味がある女房は、残念であると思った。
 薫は、自分の母女三宮も、女一宮に劣らぬ人である。女一宮が、わが母女三宮は藤壺女御腹であるが、女一宮は、明石中宮腹であると申すだけの相違こそあれ、帝の女一宮も、朱雀院の女三宮も、父帝が、それぞれ、大切に可愛がって育てられた事情は、変りはないのであった。しかしやっぱり、女一宮の御方の周りの勢いは格別であるのは不思議なことである。明石中宮は幸運であるから、明石中宮の出生なされた明石浦は、奥ゆかしい所なのである。
等と薫は思うのであるが、女二宮の婿である自分のこれからの運命は特別である。その上に女一宮を妻として二人の夫となれば、最高の栄誉である、と思うがそ望みは実現しないであろう。
 亡き式部卿の宮の息女、宮君は女一宮と同じ西の対に、自分の局を持っているのであった。底には若い女房が大勢いてみんなで月見をしていた。まあ、御気の毒である。宮君もまた、女一宮などと同じ親王に当る人であるなあと、薫は思って、
「式部卿宮が、昔私を婿にしようと志向されたのであるからなあ」
 もっともらしく言って、宮君方へ参上した。女童で、可愛らしい者が、今は秋であるから袙の上に襖子を着て表袴を着け、汗衫を着た宿直姿で戸外に出て、庭を歩いていた。薫を見て急いで中に入り恥ずかしがって照れている。これが普通の女の姿であると薫は思った。西の対の南面の隅の間の出入口に立ち寄って、取次を頼むための咳払いをすると、多少年輩めいた女房が出てきた、薫は、
「人に知られない内々の、宮君の同情者であるなどと、私が申しあげますと、誰も皆が言っている言葉と、初めてのようにまねて言っているようです。私は真面目に、君一人をば分きて忍ばむ、と言うより以外の言葉を、さがし求めることは出来ません」
 と言うと、宮君には取り次ぎもしないで女房が、気を利かせて、
「本当に、宮君が思いもかけない、現在の宮仕の御境遇につけても、故父式部卿宮の、かつて考えられたことなどを宮君は思い出されることでしょう。お逢いにならなくとも貴方のことをときどき噂を聞いては喜んで居られます」 宮君にも申伝えず、出しゃばっての、女房の応待は、自分が人並であると考えての、そう言う挨拶も、馬鹿げたものであると、何となしにつまらないから、
「もともと、宮君は私を捨てないと思う従兄妹である関係からも、宮仕の境遇の現在は、宮仕以前にも増して、必要な用件に関しても、もしも私を思い出され、御聞きただしなされるならば、私にとっては嬉しいことであります。しかし、よそよそしく、取次などで私をもてなされるならば、私の援助はありますまい」
 女房はこれは大変なことと宮君の許に参って、宮君を無理矢理にでも逢うように言うと、
「昔を忘れない知人が、一人もない私の身であるとばかり、もとより従兄妹と言う親族関係であるなど、仰せなされた点は、心から真面目に頼りに出来る方と思われる」