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私の読む「源氏物語」ー83-蜻蛉ー2

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「暑くなったなあ、もう少し薄物を着た方がよいのではないか。女は何時もと違った物を着用しているのが、その時その時と美しいものであるよ。薫の母の女三宮方に参って、女三宮の女房の大弐に、薄く織った絹の布の羅 の単衣を仕立てて持ってくるようにと、言ってきなさい」
 近くの女房に言う。女二宮付きの女房は、女二宮の姿が今が盛りの美しさであるので、薫が褒めなされる事であると、面白く思っていた。薫は念誦するため自分の部屋に帰り、昼頃にまた女二宮の部屋に行くと、先刻話していた羅の単衣は、几帳に掛けてあった。
「この着物をどうして着ないのですか。人が大勢で見ている中では、透けて見えるようなものを着るのは無作法に思われる。けれども、今は多くの人も見ないから」
 と言って、自分で女二宮に薄物を着せてあげた。袴は昨日の女一宮着用のと同じ紅色である。女二宮の髪の多さ、髪の末の調えられた美しさなどは女一宮に劣りはしないが、特色は各自それぞれ色々に違うのであろうか、美しさもやっぱり、女一宮に似ているようでもない。薫は氷を取寄せて女房達に割らせる。割れた氷一つを取って女二宮に差し上げた。自分では昨日覗き見た女一宮の場合の真似なので、面白いと感じていた。絵に描き、そうして恋しい人の姿を心の慰めに見る人はいくらかは居るであろう。絵姿などに増して、女二宮は、女一宮の妹であるから自分の心を慰めるような事に、不似合いではない身分である。と薫は思うが、昨日あの一宮達の中に自分が混じっていたならば、存分に一宮を見ることが出来たであろうなあ、と思うとなんとなく溜息が出て寂しかった。
「女一宮に貴女は文を差し上げるようなことはありますか」
「かつて内裏に住んでいた時は、父帝が女一宮に文を奉れと仰せなされましたから文を差し上げましたが、此方に参ってからは久しい間差し上げたことはありません」
「平民に降嫁されたからと言って、女一宮に文を差し上げないとは私は余り感心いたしませんよ。今は明石中宮の前で、貴女が姉女一宮を恨み申しあげなされると、申上げましょう」
「どうして、私は、姉女一宮を恨みましょうか、とんでもないこと。恨むなどと中宮に仰せになるなどとは、いやでござりまする」
「貴女が私に降嫁して、身分が平人になってしまったと言うので、女一宮が、貴女を軽蔑しなされるようであると、思うから、貴女は、女一宮に文をさし上げないのである」
 薫は女二宮をたきつけて女一宮の文が見たいのである。
 薫はその日一日女二宮と過ごして、翌日明石中宮の御殿に参上した。匂宮もそこにいた。丁子で濃く染めた(赤味のある黄色、即ち黄褐色の)羅(うすもの)の単衣を、色の濃い標(浅葱色)の直衣の下に襲ねて御召しなされた、匂宮の姿は好感が持てた。薫が見た女一宮の昨日の姿には劣らない、顔かたちは白く綺麗で、しかも浮舟のせいで、以前よりは顔が痩せてきりっとしていた。姉弟であるから女一宮と似ておりなされたと、匂宮を見るにつけても、女一宮が、何をおいても先ず第一に恋しいのを、全く考えてもいけない事であると、心を鎮める事が、とても女一宮を思慕しなかった以前よりは
くるしいことであった。匂宮が絵を沢山持って母親の明石中宮の許に参られたのを、その中のいくらかを女房に持たせて女一宮の方に行かせて、匂宮自身も後から女一宮の部屋に参上した。薫大将も明石中宮の近くに参り、先頃催された御八講有り難かったこと、源氏、紫の上の在世当時の御話を、少し明石中宮に申しながら、女一宮方に持って行ったあとに、明石中宮方に置いてあった絵を見ながら、
「私方にいらっしゃる、この女二宮が降嫁して、内裏を離れて臣下である私の妻となったので、塞ぎ込みなされたのを、私は気の毒に思っていました。女一宮からの文の消息がないのを、女二宮は臣下の妻であるように、身分が定まったが故に、女一宮が、御思い捨てなされたように考えて、女二宮は、気が晴れない様子で居ます。ですから、このような絵を、時々、女二宮に御贈りなされて欲しい。御贈り願うのはそれとして、私が頂戴して、持ち帰るとしても、それは、張合がなくて見る甲斐がありますまい」
 明石中宮は、
「変な事を申しなされるなあ。女一宮は、女二宮をどうして平民になったからといって姉弟の縁を切るようなことをしますか、内裏に一緒にいた頃は、部屋も近くでありときどき歌などを書いては文のやりとりをしていました。
女二宮は貴方に嫁したので所々に、別々の住いとなり、その文も途絶えたのではないか。女一宮にそのうちに文を書くように言っておきましょう。女二宮の方からも女一宮への文通を、遠慮することなく送りなさい」
「女二宮は、文通を遠慮するようなことはありません。けれども、女一宮が物の数にもなさらないかも知れない女二宮にも、私がこのように、貴女に姉弟として親しくしている縁故ある者で、その私の妻である点で女二宮を、もしも女一宮が思い、御目を掛けて下されるとするならば、私は嬉しう御座います。まして、内裏では、親しく時々文通をなされたようであると言う風に、以前は文通する事を習慣になされていたのであれば、女一宮が、今、女二宮を見捨てなされるような事は、私にとっても辛いことであります」
 と薫が言うのを聞いていて、明石中宮は薫が女一宮に懸想をしていることには気づきなさらないのであった。
 薫は、明石中宮方を退出して、先夜、立寄った好きな女の小宰相に逢おう。また、先日、八講の終わりの日に、女一宮を覗き見た西の渡殿を、女一宮への悲恋の慰めに見たいなあと思って、寝殿の明石中宮の居間の前を通り過ぎて、西対から、女一宮の住む西の渡殿の方に渡って行き女一宮の部屋近くに立ち止まって見渡しているのを、御簾の中では薫に見られはしないかと緊張して気を遣う。気にするとおり、薫は、容姿も立派で、この上ない勝れた態度である。女一宮の渡殿の居間の方には、夕霧左大臣の息子達が居て女房達と話し合っている様子であり、薫は女一宮の部屋のと妻戸の前にいて、
「常には、この六条院に参っておりながら、私が、女一宮の女房の方々とお逢いすることが難しいので、全く、我知らず内に、歳を取ったように感じますので、これからは、皆様とお近づきになってと、気を取り直して参ったところです。老人じみた者が、女房衆に見参して物言う事は似合わないと、私の甥どもは思うでしょうかねえ」
 とタ霧の君達の方を、じっと見る。女房は、
「只今から、馴れ親しみなされる事こそ」
「年寄りじみたとおっしゃるから、私達とお話をすれば、若く御なりなされるのであろう」
 取りとめもない冗談を御簾の中から言う女房達の気配も、不思議に上品で立派であり、風情のある女一宮方の女房であるという風格があった。きまった何の用事があると言うのではないけれども、薫は世間話などしながら女一宮に懸想心があるので、彼はしんみりと落ちついて普通よりは長く座っていた。
 女一宮は母親の明石中宮の方へと移動した。中宮は、
「薫がそちらに参ったのは何用であったか」
 と問うと、女一宮の供として来ていた女房の大納言の君が、
「小宰相の君に薫は、何かを仰せなさろうと言うので、あちらへ参りなされるようでござりました」