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私の読む「源氏物語」ー82-蜻蛉

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 薫の使いが来たことで山荘一同の悲嘆も甚だしいのに、使者が何と言っても今更、申し上げることができない簡略な葬儀をしてしまったのであるから、専ら、悲しみの涙に溺れているだけを申訳にして、はっきりと薫に答えは言えなかった。仲信の報告を、薫は、大層張合なく聞いて、宇治は辛いところで嫌なところであった。幽鬼などが住んでいるのだろうか、それとも気がつかずにどうして浮舟を長く宇治などへ置いておいたのだろう、匂宮が忍んで通うという意外なことが起こったのも、このように私が浮舟を放任して置いたために、気楽で遠慮がないので、匂宮も考えもしない浮気をなされたのであろうなあ、と思うと薫は自分の緩慢な性格で、のんびりと油断していて、色恋に対して迂闊な心だけが残念で、そう思うと胸が痛みむ。母親の女三宮が病に、祈願のために参籠しながら、こんな浮舟の一件で煩悶するのも、どうしようもないので、薫は京に戻った。母親の邸にも行かずに、
「大したことでもないのですが、浮舟の不吉な事を、最近聞きましたので、気持が悲しみ乱れている間、忌み慎むのでそちらに行けません」
 と女二宮に文を送り、薫は頼りなく悲しい浮舟との契りであったことを、際限なく悲しむのであった。そうして、浮舟の在りし日の、容姿や魅力的な表情、可愛かった様子などが本当に恋しく、悲しいので、薫は浮舟が存命の時には、自分の気持ちを認めようともしないで、たびたび逢いに行くこともなく、気にもしないで過ごしていた。浮舟が死んでしまった今になって、自分の非情を落ちつかせるような方法がないままに、胸の中には悔しいことが山ほど湧いてきて、このような大君や浮舟などの女関係のことで何かと心配しなければならない宿命を背負っている自分である。薫は自分が出家しようと志していたにもかかわらず出家もしないで思いも掛けなかったこのように聖心も無くして、普通の俗人で生きているのを、佛は情け無い奴と見ているのであろう。普通の人に、人の道心を起させようと言うので、佛がとられる方法は表面は慈愛の心を現わさなくて、
俗人を、このように悩ましなされるのであると言う次第であると、薫はおもい続けながら、仏道の行のみをしていた。
 匂宮は薫以上に気落ちして二三日食事も喉を通らなかった。正気もない状態なので、周りの者はどんな物の怪が取り憑いたのであろうかと、騒ぐが、やっと涙も尽き果てたのか、落ち着いてき田のであるが、それでも浮舟生きていたときの姿が恋しくて、またもそのことばかりが頭の中にあった。匂宮は、他人には重い病気にかかっているという風に見せて、このように理由もない、涙ぐんだ目つきの様子を人に知らせないようにと、うまい工合に隠しているのだと匂宮は思っているが、浮舟亡くしての悲嘆の姿ははっきりと分かるので、お付きの者の中には、
「どんなことから匂宮はこんなに、錯乱し命が危ないほど沈み込んでおられるのであろうか」
 と言う者もあるので、薫もそのことを聞いて、そうか匂宮が浮舟と関係あると予想した通りである。匂宮はやっぱり、浮舟とは表面の文通だけではなくてやはり逢っていたのである。彼女と逢えば匂宮は必ず文だけでは満足できなくて、自分の女にしたいと思うほど美しい浮舟である。浮舟が、もしも存命しているならば、匂宮と私とが、何の関係もない間柄でなくて、身内同士で親しいから、自分(薫)のために馬鹿な事件も、きっと出て来るであろうと、薫が考えると浮舟を思う気持ちが、少し醒めてくるように感じた。
 匂宮の病の見舞いにと毎日、匂宮邸へ来ない人はなく、世間の騒ぎになるころに、薫は、たいした身分でもない浮舟如き者の喪に籠もっていて、匂宮の病気見舞に行かなかったとすれば、それもひねくれてすねているであろうと思って、薫は匂宮邸に参上した。その頃、式部卿宮という源氏の弟、八宮の兄で蜻蛉式部卿宮で薫には叔父に当たる人が亡くなられ、薫はその喪に服していたので薄鈍色の喪服を着用していたが、彼の心中は浮舟のための喪服を着ていると、自然に考えられ、似合わしいと思っていた。薫は顔が少し痩せて、一段とあでやかな優美さである事は以前より優れていた。見舞いの人も帰って匂宮の部屋に行く頃なんとなく悲しい雰囲気の夕暮れであった。匂宮は床に伏していて沈み込むような本当の病人ではない気持であるから、気持ちが合わないような見舞い人には逢わないで、御簾の内に入れる人には会っていた。薫に逢うのも、浮舟と関係をしたので匂宮は、心がやましいく、薫との面会は面白くなく、また気恥ずかしい。薫を見ても浮舟が思い出されて涙が堰を切ったように出てくるのを我慢して、
「大した病気の気分でもないけれどもねえ、この者達が皆、注意しなければならない病気であるとばかり言うから
、帝にも、明石中宮も大変心配を掛けていることが、辛く申し訳がないと思っています。主上や母宮の御心配なされる通り、世の中の無常に対して私は心細く思っています」
 と言って涙を袖で拭い、薫に見られないようにと隠していたが、やがて涙が堪えきれずに流れるので、匂宮はきまりが悪いけれど、この涙は浮舟のために流す涙と、薫が感づこうか、感づかないで、自分の心の弱さのためと薫は思うであろうと匂宮は思うのであるが、薫はそうか匂宮は浮舟のことばかりを思っているのだ。何時から関係があったのであろう。知らなかった、匂宮と浮舟との関係に気づかない自分を、どんなにか愚かしいと物笑の気持で今まで長い間見ていたのかとおもうと、薫は匂宮の腹黒さと浮舟の二心とで浮舟に対する悲嘆の情は、薄れていったが、匂宮はこの上なく薫は薄情であるなあ。何かが、切実に悲しいと、この死別の愁傷などでない事柄に関してだけでも、例えば空を渡る鳥たちの鳴き声にも衷情を誘われるので悲しい。自分が、このように何の理由もなしに気が弱いから、この涙を浮舟思慕のせいであると、万が一薫が感づいたならば、
その時に、薄情と言う程、人情もわからない薫でもない。世の中は絶えず変化していることを身にしみじみと考えた道心の深い人は、薫のように、愁嘆に対しても、それは当然と考える程に冷静なものであるか。匂宮は薫が羨ましくも、奥ゆかしくも思うので、浮舟の形見の薫を、しみじみとなつかしく思うのである。薫と浮舟の逢瀬の姿を匂宮は想像すると、本当に浮舟の形見であると薫をじっと見つめていた。匂宮がやっと世間話に移ると、薫は、浮舟のことを隠すことはないのにと思い、
世間話という匂宮に、
「昔から私は貴方に真剣に話そうと話す機会がなくて申しあげなかった事柄を残しております間中は、気持が落ちかなくてさっぱりとしないでいました。ところが今は、下臈の時は暇もあったがなまじっが上臈になってしまって、却って暇はなく、貴方のように自分の屋敷でのんびりとしている隙もなく、こんなことはと、相談することもなくて話し相手にも参上することもなく、