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私の読む「源氏物語」ー81-浮舟ー2

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 と、右近は、浮舟が匂宮に傾倒していると考えて言う。少しの間浮舟は泣くのを止めて、
「お前が、匂宮に心のあるように許り言うのが、私にとって心の迷いの許である。匂宮に靡くのがきっと当然のことであると私が思込んでいるならば、ともかくお前が、匂宮に靡くと言おうと、何と言おうとも、それで良かろう。匂宮に靡くのはあってはならない事であると、十分に心には考えているのに、匂宮は無闇に私が、このように匂宮を頼りにしているとぱかりに考えて、その夜、迎えようなど仰せなされるから、
これから匂宮は何事をなされようとするのか、などを思うとこの不運な私はますます心が締め付けられるように苦しい」
 と言って匂宮への返事を書こうともしない。
 匂宮は、何時も、浮舟はこのようなことばかりで、相変らず、承知する様子でもなく、文も送ってこないし、その上自分の文の返事までも絶えてしまったのは、薫が、上手に浮舟をなだめてしまい、自分へ来るより、人目も余り気にすることもない安定のありそうな境遇を選ばせることが出来たのであろう。それも道理のあることだ。と思うので匂宮は悔しく妬ましく、たとえ薫に靡いたとしても、自分を愛していると言っていたのに。逢わないうちに周囲の者からよけいな忠告をされて、
浮舟は薫の方に付いたのであろう。と匂宮は物思いをするが、浮舟の恋しさが、晴れようもなく、何もない、からっぽの空に一杯になってしまう気持が
するので、時方等を供としていつものように、思い切って決心して宇治に出掛けた。宇治に着いて、浮舟の山荘の西の面にある葦垣の方を時方が見ると、いつものようでなく、宿直の番人どもが、
「そこに来るのは誰か」
 と、見咎めて、繰返して呼び止める声々は、目ざとそうである。立ち戻って、時方は、山荘内部の事情を知っている男を山荘の中に入れると、宿直の者はその男にさえも質問する。以前の様子と違って、うるさいので、男は、
「京の浮舟の母から、浮舟に、急用の御文がある」
 と言う。宿直の番人がきびしくて、右近にも逢えないのでその男は、右近の召使を名ざして呼んで、その召使いに逢った。右近は大層うるさく厄介であると、思い、
「今夜は、御対面は無理でしょう。宇治までお越しになって恐縮な事でござりまするけれども」
 と召使いの者に言わせた。匂宮はどうしてこんなに私を近づけないのであろうと、思うと我慢が出来ないので、
「先ず時方が奥に言って侍従女房に会い、浮舟に逢う事の出来るように段取りをせよ」
 時方は才気のある気の利く人なので、何やかやと、考えてよい工合に言い繕って侍従に会うことが出来た。侍従は、「「どんな理由があるのか、あの殿薫大将が、命令なされた事があると、言うので、夜警の当番にいる者達が、命令に従って用心深くしている状況の時なので、全く、どうにもならず困っているのであります。浮舟におかれても、
考え事ばかりなさって、このような匂宮に無駄足をさせるような事が、勿体なく、本当に御心痛なされると、私は浮舟を見ております。取りわけ今夜は、夜警の当番の者が、誰かが来た様子を見つけましたならば、都合は、却って悪いことになります。浮舟を京に御迎えなされるように、匂宮が用意なされるつもりの夜には、早速に、当方においても、人知れず内々に、迎えられる手順を考えて、当然お知らせいたします」
 また乳母が目敏く、油断ならぬ者である事なども、また、時方に語る。時方は、
「山荘に来る道は並一通りではなく、浮舟に逢おうと無理強いの匂宮の気持であるので、姫との対面は駄目であると言うような張合いのない返事はとても私は申し上げられない。そう対面出来ないのならば、侍従も、一緒に来てください、私と共に匂宮に事情を詳しく説明してください」
 と侍従を女房を連れて行こうとする。「そんな、一緒に匂宮の前に行く事は無理であろう」
 と、言いあう間に夜は更けていく。
 匂宮は馬にまたがって住まいより少し遠くに離れていたが、田舎の犬が出てきて吠えたてるのも恐ろしくて、また、忍びであるので供の人数も少く、大層見にくい姿に変えて下々と同じような姿の忍び歩きであるから、匂宮とは気づかずに、不都合な行為をするような者が飛出して来たならば、それも、どのように処置しようかと、宮の側にいる者達は、供にある限りは、心配しているのであった。
「無理でもやっぱり、急いで早く、匂宮の前に参ってしまおう」
 と言って、急がして侍従を連れてきた。後に垂れている長い髪を、肩越しに、前の方に廻して手に持っていて、その姿は可笑しい。時方が馬に乗せようとすると彼女は聞かないので、侍従の長い衣(袿)の裾を持って、時方が侍従に並んで立って付き添っていく。侍従に時方は自分の沓を履かせ、自分は供の者の汚い沓を履いた。
 匂宮の前に着いて、
「このような訳でその説明に侍従女房を連れて参りました」
 匂宮は馬上では話しにくいので、時方は、山賎(木こりなど)の住む家の垣根で、薮(おどろ)や、かな葎の茂っている蔭に、障泥と言うものを馬からはずし取って敷いて、匂宮の座を造る。匂宮の気持も、見苦しい、自分の姿である。自分はこんな色恋の路の深みにはまってしまい、しっかりと生きていく事が出来そうもない身であると、思いつづけていると匂宮は涙が止まらない。気の弱い女房の侍従は、匂宮の悲嘆以上にお気の毒な宮様と匂宮を見ていた。どんな仇敵でも、鬼であっても、壊すことは出来まいと見える美貌の匂宮である。しばらく躊躇していたが、
「一言も浮舟に言葉をかけることが出来ないのか。どう言う理由があるので、今になってこのような警戒厳重にしたのであるか。これはやっぱり、女房達が薫に告げ口したからであろう」
 侍従は、内舎人が薫に頼まれている事などの事情を詳しく匂宮に伝えて、
「もしも、近いうちに、そのように浮舟を引取ろうと思い遊ばすならば、その日を、充分人に漏れ広がらないようにして、計画してください。このように、危険も顧みず、夜半宇治に御越しなされると言う勿体ない事などを見た上は、私は身を捨てても宮の希望が実現するように考えて、取計らい行動いたします」
 匂宮も人の目を、とても気がかりに思っているから、浮舟に逢う事が出来ないと言っても、一方的に、薄情と恨むようなことはない。夜が更けていくのに咎めだてする、犬の吠え声が絶えず、供の者が犬を追い散らすと、弓を鳴らして夜警の男の声がして、
「火の用心」
 など言ってくるのに、匂宮は気持がそわそわして落ちつかないから、無理に帰る時、悲しいなどと言った所で、今更どうにもならない。

いづくにか身をば捨てんと白雲の
   かからぬ山もなく泣くぞ行く
(自分に「たばからせ給へ」と言い、また、「身を捨てゝも、思う給へたばかり侍らむ」と言った、その侍従は、どこに身を捨てて謀るかわからないが、自分も、思いめぐらさない点(かゝらぬ山)もなく、色々と手段を考えて、白雲のかかっている山路を、泣きながら、いかにも京に帰って行く)
 それでは」

 と言うような次第で侍従は匂宮を京にかえした。匂宮の容姿は、優美で、しんみりとしており夜の露に湿った衣の香りの香ばしさは譬えようもなかった。侍従も泣きながら帰ってきた。