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私の読む「源氏物語」ー81-浮舟ー2

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 と取り次ぎを通じて言ってきたので、右近が逢いに出てみた。
「殿(薫)におかせられては、私を昨日御召しなされたから、今朝京に参って只今返りましたところです。色々と雑用を仰せられた中に、宇治にこのように姫が居られについて、夜中や朝方の夜警の事も、拙者どもが、こう警備してお仕えしていると、安心に御思いなされて、殿は、宿直の人を、わざわざ京からさし向けなされる事もないのに。殿が近頃聞いたところによると、女房の御許に、あちこちの、知らない男どもが。「浮舟の許に匂宮が通う」と言うのを、遠廻しに漠然と聞かれた。
それは、宜しからぬ怠慢である。宿直を担当する者はその知らぬ男の通う事情を、聞いているであろう。知らないというのであれば何のために勤めているのであるか、と私に問いかけられるもので、私のお聞きしていない事であるから、「拙者は、体の病気が重うござりまして、宿直の勤めを最近休んでおります故に山荘の事情も、よう存じませぬ。しかし、宿直すべき、男どもには、なまけないように督励して、勤務させておりますけれども、そうであっても殿の仰せのような大変な事件が、もしもあったとすれば、それが、どうして私の耳に入らないわけがありません。なにか御聞き違いではござりませぬか。と取り次ぎの方を通じて申し上げました。その時に、気をつけて宿直に勤務をするように。不都合な事でもあるならば、厳重に処罰をするつもりである、と言う趣旨の、殿の仰言が、どんな理由からの仰言であろうかと、合点が行かなくて私は恐縮致しております。と言うのを右近は聞いて、梟の鳴くような声よりも、内舎人老人の嗄れた声は、何となしに恐ろしい。右近は驚いたので、内舎人には返答もしないで浮舟の許に行き、
「その私の申す通りであります。私が、先日申しあげたとおりの事などを、内舎人も申すのを、御聞き遊ばせ。物ごとの様子を、薫が御気づきなされたように思われる。だから文が参らない」
 と歎いて右近が言う。乳母は、宿直の厳しい事を、それとなく聞いて、盗人への警戒かと思い、
「薫は有り難いことに宿直のことを心配なされた。盗人が沢山いると言うことである、物騒な辺に宿直する者が初めのように多くはいない、みんなが、身代の者にと言って、つまらない下部ばかりをさし向けるから、それより身分の低い者どもは、夜廻りを殆どしないのに、これからは安心である。
 と言って喜んでいた。浮舟は、右近の心配した通り、直ぐに私はひどく状況が悪くなってしまうに違いないと、悲しく思っていると、匂宮より、
「逢う日はどうであるか、どうであるか」と、「君に逢はむその日をいつと松の木の苔の乱れて物をこそ思へ」の歌のように心の悩み乱れる仕方の無い切なさを、言ってこられるが、浮舟には煩わしく感じていた。結局の処は、匂宮に従っても、薫に従っても、薫にか、また、匂宮にか、どちらかに、大層恐ろしい嫌な事は、きっと起って来るであろう、そうであるならば自分一人がこの世から消えてしまえば、無難に解決するであろう。昔は懸想する男の情愛の優劣が、どちらと相違のない為にどちらに付こうかと煩わしいことであったがために、女の入水死する例も万葉集にも大和物語にもある。このまま生き長らえると、きっと何か苦しいことが起こるこの身が無くなってしまうことは惜しいことではない、死ねば親は暫くは嘆き悲しまれるであろう。然し、多くの子供の世話に明け暮れる内に気が散ってしまい自然に私のことなどは忘れてしまうであろう。しかし、この世に生き長らえておりながら、身を持ち崩して、人から笑われながら、世間にうろうろしておるならば、我が娘を失ったよりも親は恥ずかしいことである。浮舟は先へ先へと考える。大ようで、おっとりとして、なよなよと見られるけれども、常陸の田舎であるから、世間の様子を上品に判断する方面は余り注意しないで親が育て上げた娘であるから、入水自殺をしようなどと思い切ったことを考える気強い女に育ったのであろう。そう考えが決まると彼女は受けとった文などを破り、しかも、人目に立つように、一度に処理をしなくて少しずつ灯火の火で燃やして水に投げ入れてやっと全部を始末した。事情を知らない女房達は、薫に引取られて、京へ移りなされるはずであるから、手持ち無沙汰な長い月日を過ごして、何となしに書き集めなされた、手習いの詠草の反故などを破り捨てなされたのであろうと思う。気心の知れた侍従女房は、そのことを見つけ、
「どうしてこのようなことをなさいます。 しみじみと思い合う相愛の間柄で、心を籠めて書き交しなされた恋文を人にはお見せするものではありません。それでも、箱か何かの底にしまって置きなされて、こっそりと人に分からないように御覧になると、感慨の深いものでありますよ。匂宮のあれ程立派な色の薄様の御料紙の使用や、また、勿体ない美しい言葉を、真剣にお考えになって書かれた文を、このように破って焼き捨てなさるとは、情け無いことで」
「何で、情のない事でしょうか、残して置くのはうるさく面倒であり、私もそんなに長生きするようなことはありますまい。破棄しなければ、私の死後に散り散りになって、匂宮のためにも、このような文は御気の毒で迷惑でありましょう。匂宮からの文であるからと、いい気になって、私が、大切にこの文を残して置くのであった、などと薫が聞いたならば私は恥ずかしいことである」
 このような気持の持ち方で浮舟は、気になる事柄を、それからそれへと考えて行くうちに、一方では投身自殺も決心が出来そうにもないようであった。親を置いて死に行く子供は大変な罪、田舎にいるときに利いた覚えがあった。 三月の二十日過ぎになる。匂宮の乳母の主人が任地に出発するのが三月二十八日に決まった。匂宮は、
「兼ねて話してある受領が任国に下るのが三月二十八日、その夜に貴女を必ず迎えに上がります。下々の召使などに、京へ上ることを悟られないように十分注意してください。自分の方からは決して外部に漏れる事はない。この約束を疑わないように」
 浮舟は、ここ宇治に、宮さまとは見えないように姿を変えて、匂宮がもしも御越しななったならば、先日来薫の言いつけで恐ろしい宿直人がここにいるから、自分は死ぬ前にもう一度、私は何も申上げず、自分の本心ではなくて、匂宮を帰させてしまうようになる。また、ほんの短時間でも、なんとかしてでも自分の部屋に入って貰いたいが、宿直の者が厳重なので、それは出来ない。お出でになった甲斐無く私のことを恨んで 帰らなければならない。その姿を浮舟は想像すると匂宮の面影が頭の中を去らず、たまらなく悲しいので送られてきた匂宮の文を顔に当てて、暫く堪えていたが、浮舟は堪えきれずに泣きだした。右近か、
「浮舟様、このような、匂宮との関係をとうとう人に見られたようです。匂宮との仲が変であるなどと、時間が経つにつれて段々と推測する者が増えてくるようです。今のように薫と匂宮二人の御方にかかりあって、くよくよ考えなさらなくて、匂宮お一方に決めて、当然、そう返事なさいませ。お側にはこの右近がいますから、私が分下相応な大それた事でも計画し出しまするならば、姫のような小柄な方は匂宮が、空からでも御連れ申しなされてしまいましょう」