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私の読む「源氏物語」ー81-浮舟ー2

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 右近は、侍従が時方に連れ出されて行った後に、匂宮が御越しなされたけれども(山荘内に御入れ申す事は駄目なのであると)御断り申したことを浮舟に告げていたから、彼女は更に悲しみが増えて横になった所に、侍従がはいって来て、匂宮との総てを語るが、浮舟は何も言わないで枕に流した涙で枕が浮き上がりそうになっているのを、右近や侍従がどんな風に見ているかと、恥ずかしく思っていた。翌朝も、泣明かした、腫れ上がった見苦しいような目許を考えるから、恥ずかしいので何時までも寝ていた。やがて浮舟は起きて、仏前に出るために裳を着け、裳の掛帯を、ちょつと印ばかり肩に掛けて前に結んだりなどして、読経する。入水などを考えるから、親に先だってしまう罪障を消滅して下されよと、だけ考えて祈った。
 匂宮が初めて逢った時に描いて、「心よりほかに見ざらん程はこれを見給へよ」と言って渡されたかつての絵を取出して見て、あの時この絵を描いていた宮の手つき顔の様子などを、今眼前に、匂宮がおられるように思われるので、昨夜は一言も匂宮に話すことが出来なかったのはもう一段と、逢ったよりも以上に思いが深くなったと浮舟は思った。また、京の三条の邸に迎えて、ゆったりとした気持で逢おうと、契りが将来長く変るはずのない(添い遂げる)事と、言った薫も、入水自殺したらどの様に思うだろうか、薫が御気の毒である。つらく情ないように入水を言う人もあるから想像するも恥ずかしいけれども、存命して思慮が足らず、匂宮に走った自分を、怪しからぬと、薫の耳にはいるよりも死のうと浮舟は思いつづけて、

嘆きわび身をば捨つとも亡き影に
   憂き名流さんことをこそ思へ
(切ない悲恋の嘆きに悩み、たとい身を捨てるとしても、亡きあとに、情なくつらい浮名を世間に広めるような事を、いかにも心配している)

 死ぬ事にきめると母親も恋しくなり、いつもは思い出すこともない姉弟の見にくい者達まで恋しく思う。中君も思い出すと総て誰にも彼にも今一度会いたいと思う人が多い。女房は皆各自が、衣裳を作るため織物を染めるのに忙しくして、引越の事などを、何やかやと話すけれども、浮舟の耳には入らず。夜になると人に見つけられないで、この家を出て行く方法を常に考えて寝られないで、気分も悪くなり、正気もすっかり無くしてしまった。夜が明けると宇治川を眺めて入水を考えれば、屠殺所に引かれて行く羊が一歩一歩死所に近づくよりも、浮舟は自分の方が死地に近い気がする。
 匂宮は浮舟に会えずに京へ帰った後、会えなかった辛さを浮舟に文で知らせた。浮舟は此処まで二人のことが進展して改めて、人が見るであろうかと、気を使ってこの文の返事も気持の儘に書けなかった。

からをだに憂き世の中にとどめずば
     いづくをはかと君も恨みん
(私が死んで遺骸だけでも、このつらい世の中に残さないならば、どこを目標として,御身も、私を恨むであろうか)
 とだけ書いて使者に渡した。浮舟は、薫にも、自分の最後の模様を知らせたいけれども、文を匂宮にも薫にも書いて置いたならば二人は叔父(薫)甥(匂宮)の、親密な間柄であるから、結局は互に、私の最後の模様を話し合うことは必定であるから、それが自分には嫌なのである。総てのことが、自分がどんなになってしまったであろうと言う事は、万事誰にもはっきりしないで死んでしまおうと、思い直す。また京から母の文を使者が持ってきた。
「夜の夢に、穏かならぬ有様で貴女が現れたので、心配の余り無事平安を祈る読経を彼方此方に頼んでさせている。その夢の後は、そのまま直ぐに寝つかれないせいであろうか、昼寝しておりますが、夢に、世間の人が不吉とすると言う夢を見てしまったので、気持ちが悪いのでこの文を書いています。十分に御慎みなされよ。人里離れた宇治にお住みなので、時々そこの立ち寄られる薫様の北方、女二宮も、その嫉妬の念が大層、恐ろしく貴女が気分が悪そうな場合にまあ、夢が、こんな不吉であるのに、あれやこれやと、色々のするべき事があり、宇治に行きたいけれども左近少将の方(妻)が産前の今もやっぱり、難産であっては困るなど不安な様子であるので、片時も側を離れないようにと常陸介にきつく言われているので、とても宇治へは行けない。例の阿闍梨のいる寺にでも、無事を祈るために御読経を頼みなされよ」
 その布施と僧への文が添えてあった。死ぬ決心が付いている浮舟のことを知らないで、母が心配してこのように言ってくることも、悲しいことと浮舟は思う。阿闍梨の寺へ、誦経の布施と文(誦経の依頼状)を持たせて、京から来た使者を山に行かせている間に母に返事を書いた。書きたいことは多いのであるが、今は気が引けるから遠慮して、

後に又あひ見むことを思はなん
     この世の夢に心まどはで
(今生にはもう逢えまいから死んだ後の世(来世)に、また再会しようと言う事を祈念して欲しい、この世のつまらない色々の出来事に惑わないで。(惑えば、来世の願望も、かなわないから)

誦経の鐘の音が風に乗ってかすかに聞こえてくるのを、浮舟は深く感じ入って横になって聞いていた。

鐘の音の絶ゆる響きに音を添へて
    わが世尽きぬと君に伝へよ (誦経の鐘の音が消える余韻に、私の泣く音をも加えて、私の一生が尽きてしまったと、風の音は母君に伝達してくれよ)

 読誦した経巻や陀羅尼の名称、及ぴ回数を記載したものを「巻数」と言う。依頼せられた僧から、願主に送る文書である巻数を、使者が寺から持参して来たから、その巻数の末端に、この一首を書きつけて、

「今夜は、京の母君の所へ帰れまい」
 と使者が言うので浮舟は、使者が山から持ってきた巻数を木の枝に結びつけて置いておいた。それを見て乳母が、「なんとなく胸騒ぎがする。「夢も平静ではなく異常に悪く見えた」と、文には仰せなされていた。宿直の者は充分警戒せよ」
 問う場は女房を使わして伝えさせるのを、浮舟は入水の心があるから、困ったことと、思って聞いていた。乳母は更に浮舟に、
「何か食べ物を召しあがらないのは、宜しくない。湯漬けを持って差し上げよ」
 浮舟にやかましく言うのを、浮舟は
乳母は色々と世話をして、小ざかしがっているように見えるけれども、大層醜く老人になっているので自分が亡くなれば、行く所はなかろうと、心配するのであるが、気の毒である。この世に寿命の終るまで存命できないと、入水するような事情を乳母にはほのめかして言っておこうと、思うのであるが、まず、入水などの言葉に先ず驚いてしまい、先立って流れる涙を堪えるので、浮舟は、乳母などに物も言う事が出来ない。右近が浮舟の近くに寝るので、
「このように姫が物思いに心を入れすぎると、姫の魂が姫から抜け出て、ふらふらと迷い歩く物であるから、夢も、姫の魂が、母君の所に迷うて行ったので、平静ではないのでしょう。匂宮か薫大将かどちらかに決めておしまいになり、後は運にお任せなさいませ」
 右近は溜息をついて諌言する。浮舟は着古して糊気の落ちた着物(袿)の袖を、顔に押しあてて、泣きながら、御寝みなされたと言う事である。(浮舟おわり)