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私の読む「源氏物語」ー80-浮舟

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 と二月のはじめ頃の夕月夜に薫は端の方に横になり物を思いがちに、月を眺めていた。薫は、過ぎてしまった大君在世時の感慨を思いだし、浮舟は今からは、匂宮と添い寝したために加わった身のつらさを、薫のつらさの上に嘆き加えるので、薫も浮舟も互に物を思う状態である。宇治の山の方は霞を隔てて宇治川の寒そうな洲の先に立っていた笠鷺の姿も場所柄なんとなく可愛く見える、宇治橋が見渡されるところに柴を積んだ舟が彼方此方に行き違うのが、この宇治以外では見ることが出来ない事が此処に集まっているのを、薫は見る度にその眺めに大君のことが今現在のような気がして、今此処で、大君に似ていない女に対して、もしも向い合ったとしても、それでも、二人の間の、珍しい情愛は、当然多いはずであるから、まして浮舟のような思慕する大君になぞらえられたにしても、あまり見劣りはせず、段々と人情を理解し、都に慣れていく姿が可憐であろうと、以前よりも少し見よくなった感じがしたのだが、浮舟は匂宮のことを色々と心の中に集めて来ると自然に涙が出てくるのを馨は何と慰めて良いのか困って、

宇治橋の長き契りは朽ちせじを
      あやぶむ方に心騒ぐな
(貴女との、宇治橋のように行く末長い縁は、朽ちて無くなってしまう事は無いと思うから、不安に思うって、くよくよと心配しなさんな)
 今、直ぐに、私の本心をしっかりと見てください」

絶え間のみ世には危ふき宇治橋を
    朽ちせぬ物となほ頼めとや
(そこここに絶え間ばかりあって途絶え勝ちで、本当に信頼の出来ない宇治橋(御身)であるのに、朽ちて無くなる事のない物(縁)と、相変らず、やっぱり信頼せよと言うのですか)

 以前よりも、薫は浮舟と別れて帰京出来ない気持が高く、少しの間でも浮舟の家に立ち寄りたく思うが、世間の噂がうるさいことであるから、長居するのもどういかと思って、これからも気楽な状態で浮舟と逢おうと、薫は思い暁に京に帰った。逢わぬ間に浮舟は大人らしくなっていたなあと、愛おしく思うのも以前よりまさっていた。
 如月、二月の十日の頃に内裏で作詩の会があって、匂宮も薫も参加した。季節に相応しい楽器の演奏などの中に
匂宮の歌声は真に立派で、催馬楽の「梅が枝」
 梅が枝に来居る鶯や
 春かけて はれ」
 春かけて鳴けども
 いまだや雪は降りつつ」
 あはれ そこよしや
 雪は降りつつ
を謡う。何事にも匂宮は人よりは優れていてつまらない女関係の事に、自然に熱中することだけが問題であった。
雪が俄に降ってきて風も激しくなってきたので管弦はすぐに中止になった。それから匂宮の内裏における御居間に
人々が集まった。匂宮は何かを食べながら休んでいた。薫は、誰かと話をしようと縁側近くに出ると雪が積もってきて星の光で朧げであるのに対して、古歌に言う、躬恒の「春の夜の闇はあやなし梅の花色こそ見えね香やはかくるゝ」(春の夜の闇は筋道が立たないことをするものだ、梅の花は、色が見えなくても香りは隠れようもないのだから)と、自然に思われる薫の体臭である。薫は、読み人知らずの歌の、
「さむしろに衣かたしき今宵もや我を待つらん宇治の橋姫」(敷きものに只一人衣を敷いて、今夜も私を待っているだろうか、宇治の橋姫は)」
 と浮舟を思って詠うのであるが、ちょつとしたつまらない歌を、口ずさむのも不思議に、しみじみとした、人の心を引く人柄で、何となしに意味深長そうである。謡うにしても、時と場合で謡う歌がある。然るに、あの歌を謡うからには、浮舟を思っていると、匂宮は寝たふりで、自分も浮舟を思うから、心が動揺する。そうして、薫も、よい加減に浮舟を考えていないようであるなあ、衣を片一方だけ敷いて自分だけを待っていてくれると考えていたのに、薫が同じ気持とは気の毒である。それにしてもつまらないものである、浮舟があれ程思っている、最初からの愛人をおいて、私に、最初からの愛人にまさる愛情をかけてくるとは、どうしても信じられない。匂宮は自然にねたましく思う。
 明くる朝に成ると雪が高く積もって昨日の詩会を再開しようと、帝の前に参上した匂宮の容姿は一段と男盛りで、清楚であった。薫も同じようであるが、匂宮よりも二つ三つ上であるように多少、大人らしさが加り、身振りや心遣いなどは、何としても特別に作ったような気品の高い男の手本にする事の出来るようであった。薫は帝の婿として、何一つ欠点はないと、世間一般の人違も女二宮の婿としての選定は尤もであるとしているのであった。彼は漢学なども、また政事向きのことも人に劣らなかった。詩を披露してしまってあつまった人は帰ってしまった。匂宮の詩が優れているとみんながその詩を吟誦し騒いでいるけれども、匂宮は、その吟誦を耳にも留めずに、どんな気持で、こんな作詩などをするのであろう、心は空で外の事は何も考えず、ぼうっとしてばかり、浮舟の事を思いつづけていた。
 薫の浮舟へ恋している気配にも驚いて、匂宮は何とか偽りを言って、宇治へ出掛けて行った。京では後からまた降る友を待っている程度に雪が少し消え残っているが、木幡の山に深く入るに従って次第に積雪が深くなっていた。だから雪の無い何時もよりも無理な人跡も殆どない細い道を匂宮が入っていくと供の者も泣くほど恐ろしく、その上にまた盗賊が出るのではないかと怖がっていた。案内役の大内記道定は、式部少輔を兼任していたのであった。大内記と式部少輔は、本官も兼官もどちらも、当然重々しい官職でありながら雪山越えに似つかわしく、指貫を引き上げて歩く供達の格好が可笑しかった。宇治には今日は訪問されますと、連絡があったが、こんな大雪の日にまさかと、女房達はのんびりとしていた夜更けに、匂宮の供の者が右近に匂宮の来訪を告げた。なんと情愛が深いお方であると、右近は勿論浮舟も思った。然し右近は薫と匂宮の板ばさみでは結局、浮舟はどんなになってしまうのであろうかと、一方では困るけれども、今夜は、周囲への気がねもない。断りを言って、帰そうにも、帰しようがないから右近と同じように浮舟が親しく可愛がっている若い女房侍従で、心柄も、思慮深い者に説明して右近は、、
「大変に困った事です、私と心を合わせて、人に知られないように隠して下されよ」
 と言って二人で匂宮を室内に入れた。道中で濡れた匂宮の衣類の香りが、場所も狭く部屋一杯に匂うので、人に気づかれるかとどう処置しようかともてあますが、二人は薫の来訪と言うようにして女房達を騙してしまった。
 匂宮は今夜中に、京に帰るとすれば、それはなかなか来ろよりも、却って来ない方がましなことで、帰らぬ考でこの宇治の山荘の女房などに見られるのも、気恥ずかしいから、前以て時方に考えさせていたので、浮舟を川向いにある、誰かの家に連れていくようにと、時方が準備したので、夜が更けて時方が匂宮の処に来て、
「うまく御宿りの支度をしてござります」