小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

私の読む「源氏物語」ー80-浮舟

INDEX|8ページ/10ページ|

次のページ前のページ
 

 と薫が尋ねる。薫を見ると、浮舟のことで脛に傷持つ身なので、匂宮の心の動揺が烈しく、言葉少なく応対して、心中では薫を、聖僧づらをしていると言うものの、普通の聖僧と較べて、この上なく変っている、大変な山伏としての修行心であるなあ。可愛い浮舟を、宇治に、あのようにして籠めて置いて、薫は、平気で浮舟に何日も待たせる事よと匂宮は思っていた。平素は、何かの折にでも、自分は真面目な人であると、薫が振舞ったり、または自己宣伝するのを匂宮は憎らしく思い、薫の態度や言うことを、何かにつけて反対して説破するが、今日は薫の宇治の秘密を見つげ出したので、もし何か薫が言えばどんなに非難の言葉を言うか。しかし、非難するような冗談言葉も口に出さず、返って苦しそうに見えたので薫は、
「御気の毒な事よ。大して重くない御気分でも日数が経つと良くないので。風邪をしっかりと御養生なされよ」
 細やかに言い置いて薫は匂宮の前から去った。薫と言う人物は、自分などとは違って、どこか深味のある人物だなあ。その薫と、自分とを浮舟はどう比べるであろうか、などと連想する、中君に浮舟を見出し、薫に逢っても浮舟を思出す色々のことにつけて、始終匂宮は浮舟のことが頭から去らない。
 宇治では石山寺参詣も中止になって、女房達はすることもなくて退屈していた。匂宮は文に思慕の情の甚だしく切ない気持を言葉を集めて浮舟に送ってきた。それだけでは安心しなくて、「時方」と、前にも呼び寄せた大夫の従者で何のための文とも事情を知らない者に命じて、宇治の右近の許に送った。
「右近が昔から知っている男で、先ごろ薫の御供で、ここに私を見つけ出した者が、仲良くなりたがる使であるぞ」
 と仲間の女房達に言った。総て右近は嘘を言っている。
 正月も日にちが過ぎた。隙であるし浮舟がこのように、いらいらと匂宮を待っているが、宇治に来るのは匂宮にはなかなか無理である。こんなに浮舟の事ばかり思っていると、自分は長生き出来ないのではないかと死の心細さを気にして歎いている。薫は正月の行事も終わり体が少し空いた頃にいつもの通り忍びで宇治に出掛けた。先ず到着すると寺で佛を拝み、その際に誦経をしてくれた僧に礼を与えたりしてようやく夕方に浮舟の処に忍んできたが、薫は人目を避ける必要もないわけで、相当に従者は率いて狩衣姿ではなく正装ではないが無理に衣服を悪くしないで、烏帽子に直衣という姿で申分なく綺麗で、歩いて入る、見る者は気恥ずかしくなるほどに心遣いも格別である。浮舟は匂宮とのこともあり、どうしても薫と逢うことが出来ない。薫の目は勿諭空の目までが、恥ずかしく、また恐ろしいけれども、あの夜無理矢理な程まで烈しい情熱的であった男のあの、匂宮の行動を浮舟は思い出し、またも匂宮に御逢いするような事を考えて見ると、薫の来訪と聞いても心が塞がっていた。匂宮は、今まで長い間世話している中君や六君を忘れて、すっかり、浮舟に、きっと思いが変るに違いない気持がすると言うのを、浮舟に思いが変ると言う通り、浮舟と逢って、帰京ののち、気分が悪いと言うので、中君や六君などには平素の通いのようにはしないで、病気快復の祈祷をと、匂宮の付き人達が騒ぐのを聞いたり、薫が来て逢ったと聞いて、匂宮はどんなに思われるであろうか、私を嫌って、御忘れなされようかと、心配して浮舟は気を揉んで苦しんでいた。
 それはそれとして、この薫は態度が人と違って格別で、思慮深く上品で優美な姿で久しく宇治を訪れなかったことを詫びたりするが、言葉が少なくて、恋しい悲しいと押すようにして迫って言うことはないが、常に逢うことが出来ない人に持つ恋の苦しさを品よく告白する言葉は、恋する男が誇張し何としてでも女を得たいという多くの言葉よりもまさって、心を惹く力は強く、女の愛は自然に得られる風格が薫には備わっている人柄であった。優艶な点はそれは当然で、行く末長く浮舟がきっと頼りにすることが出来る心柄などは、匂宮に薫は優っていた。意外な匂宮思慕の、浮舟の気持などを薫が漏れ聞いたときに、浮舟に一通りでない、正しく憂きことはある。正気の心でもなく盲目的に、浮舟を思込みなされる匂宮を、彼女は、懐かしいと、どうしてか不思議に思い慕うのも、浮舟には全く、あってはい軽薄なことである。
匂宮に、大変気になると、浮舟は言われて思われて、そうして匂宮が彼女を忘れてしまう心細さを胸にしっかりと染みこませた、その忘れられる事を、思い悩んでいる浮舟の心の状態であるのに、匂宮と浮舟のことは知らない薫は、会えなかった長い日にちの間に浮舟は世の中の人情がわかって来て、以前よりずっと、大人になってしまった。このような退屈な山荘生活では、 物思いの限りを尽くすであろうなあ。と浮舟を見ているので、彼女は匂宮と関係があり、たまらなく思慕をしているので、薫に向かうのが苦しそうであるのを、薫は長い間彼女を自分が放って置いたと思うと、常よりも増して言葉に愛を込めて浮舟と話すのだった。
「貴女を京に迎えるために、目下新築させている所は、日と共に段々と、完成に近づいています。一回来て見ればこの宇治川よりも近くに親しみ易く、すさまじさもない賀茂川で、都の花も
岸に植えられているので見ることが出来ますよ。私の三条宮に近いところです。明けても暮れても毎日今のように、心許ない無沙汰も新邸ではありません。出来ればこの春にはお移し申しあげよう」
 と浮舟に話すが、浮舟は、匂宮が、閑静な良いところを拵えましたと、昨日の文にあったのを、薫が自分のために新築をしていることも知らないでそのような事を考ておられると、しみじみと嬉しいと思いながらも、心を鬼にして、匂宮の言われる通りには出来ないと思うから、そのために却って、匂宮の、かつて逢った時の様子が、影のように、目先にちらつくので、我ながらひどく呆れた、情ない身の上であるよと、思うと泣いてしまった。薫は、
「貴女の気持ちがこんなにくよくよ泣かないで、大ようであった時が、本当に私は気楽にのんびりとしていて嬉しかった。私の事を、匂宮が、貴女にどんな風に言われたのであろうか、悪く言ったのであろう。私が多少とも冷淡であれば、こんなにまで苦労して、宇治へ通って来る事の出来る身分でも、また、楽な道中でもないのだが」