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私の読む「源氏物語」ー80-浮舟

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「身分が高くて、窮屈な身の上が、どうもつまらなく、つらい。軽い身分の殿上人ほどの身分であればなあ。さてどうしようか。このように右近が色々と気を使って、人に知られないように、してくれたのであるが、その人目も、どうも避けきれないようである。薫もこのことを聞いたならば何と思うであろう。薫と自分は親しい間柄とはいえ、不思議なほど昔から睦ましい仲であるのに、薫に隠れて浮舟に忍んで関係を結んだ、裏切りのような、私の隠しごとを知られたならば、自分と薫との間柄を考えると恥ずかしい上に、世の譬に、自分の欠点を棚にあげて、人の事を責めると、言う事もあるから、薫が自分を待っている浮舟に、尋ねていかない自分の怠慢を考えずに、私と彼との関係で、浮舟が薫に恨まれるような事がありはしないかと、私は思うのである。夢にも他人に知られないように貴女をここからお連れして立ち去りましょう」
 と浮舟に匂宮は言う。今日こそここ宇治に籠もっているわけには参らないと匂宮は帰ろうと立ち上がりかけるのだが、陸奥の歌の「飽かざりし袖の中にや入りにけむわが魂のなき心地する」(話が尽きることがなくて、満ち足りない思いが、貴女の袖の中に入り込んで留まっているのでしょうか。家に帰っても私の魂が脱けてしまったようにぼんやりとした気持でおります)の通り浮舟の袖の中に彼の魂は入り込んでしまって動きが取れない。夜が明けてしまわないうちにと供の者が帰京を促す咳をする。匂宮は妻戸の処に浮舟と共にいるが、別れて帰ってしまう事が出来ない。

世に知らず惑ふべきかな先に立つ
     涙も道をかきくらしつつ
(この世にまだ体験した事がないため、どうしてよいのか、当然、思い惑うはずであるなあ、心は勿論、離別の先に立つ涙も、帰路を真っ暗にし続け、どこをどう帰ってよいかわからないから)

 聞いてて浮舟もしみじみと悲しく、

涙をもほどなき袖にせきかねて
   いかに別れをとどむべき身ぞ
(私は、別れの悲しい涙を狭い私の袖に堰き止めかねている状態なので、どうして、貴方との離別を止める事など出来る身でしょうか)

 風の音も荒々しく烈しい、霜は深く積もった暁に、夜明けの別れに、匂宮と浮舟の、各自の着物も、まごまごしている間に、冷やかになった気がして、匂宮は馬に乗るが、もう一度、逢いに引返すような状態で恋しさは呆れる程であるけれども、供の者達は、真面目に真剣に、御供しなければと思い、匂宮を急かし急かして出発すれば、匂宮は気も何処にか行ってしまい無我夢中で出発した。この左衛門大夫時方と、大内記兼式部少輔道定二人が匂宮の馬の口取りをした。けわしい木幡山を越えてしまって、やっと二人も馬に乗った。加茂川の水際の凍っているのを文砕く馬の足音さえも心寂しく、何となしに悲しい。 中君の許へ通った昔も、恋の路にだけは、このような嶮しい山越えはしたのであるが、自分と宇治の不思議な因縁をと匂宮は思っていた。
 二条院へ到着して匂宮は中君が今まで浮舟の事を隠していた事を恨めしいから、気楽な自分の居間に寝ようと横になるが、独り寝は寂しくて眠ることが出来ないし色々と頭に浮舟のことが浮かんでくるので、辛抱しかねて中君の対へ渡って行った。中君はそんな匂宮を何とも思わずに清楚に座っていた。宇治で風情があって可愛いと、見た浮舟よりも中君は、滅多にない容姿をば
と御覧なさるものながら浮舟が良く似ている事を思うと浮舟が恋しくて胸が塞がるように思うので、御帳台に入って横になった。中君の続いて中に入り匂宮の横に添い寝をすると、
「自分は何と泣き心地が悪い、こんなことでは、どうなるのだろうと、心細くなった。私は貴女を可愛いと思って、この世に残して死んで行きくとしても、貴女の態度は、急に、薫に心が変ってしまいましょうなあ。薫のずっと持ち続けている気持は、必ず適うからね」
 中君は、死ぬなどと言った、その上に、心がすぐに変るなどと、怪しからぬ事をまあ真面目におっしゃいますこと、と思って、
「このような聞きにくいことが外に漏れて噂となり、薫の耳に入れば、私がどのように作って、貴方に申しあげているのであろうかと、私を、薫もおかしいことと思うではありませんか、意外なことを言われますね。私のような情け無い女には、薫の事などおっしゃいますが、それは私には何でもない事でも大変苦しいことです」
 と言って中君は夫の匂宮に背を向けてしまった。匂宮も真面目になって、
「真底から貴女を恨んでいることが私にあったらどうしますか。私は貴女には冷淡な夫か、そうではない。それどころか、妻を大切にする事を、度が過ぎるなどと、人も噂するぐらいである。
ところが薫には私のことをこの上なく、
軽く見下げているように見える。見下げられるのも、前世の因縁が、そうであったのであろうと、判断せられるけれども、隠しだてなされる御気持の、ちょっとやそっとでなく、深刻なのが、どうも気に入らない」
 と中君に言うのであるが、前世の因縁が自分と浮舟とは並大抵でないので、意外に、浮舟を尋ね出して逢ったと、思うと匂宮は耐えることが出来なくて涙が出てきた。匂宮が涙ぐんで、真面目に言われるのを中君は、気の毒な事に薫と自分との間に、どのような事があったのかを聞かれたのであろうかと、吃驚して、中君は答えることが出来なかった。私を何となくはっきりとしない只の仲介と言うだけの状態で(当然踏むべき正式の婚姻の儀を経ないで)、見そめなされたから、私と薫との間の事についても、私が簡単に薫に許すなどと、仲介などをして貰うべきではなかった薫に世話になったので、薫の好意を、私が有難いと思って親しくなり出した、その私の過失だけで、私は、信用が劣る身の上であると思われ続けるのも中君は悲しくて一段と可憐に見えた。
 匂宮は浮舟を見つけたことを中君には暫くは告げないでおこうと思うので、浮舟と違う風に思わせるために、中君に不平を言うのに対して、中君はこの薫が自分に懸想しているのを、本気にして不満を言っているのだと、それだけを思っているので、誰かが、ありもしないことを、確実にあつたように匂宮に告げ口したのだろうと、思っていた。中君が薫と逢ったと、匂宮の思っている事実が有るのか無いのかを、確かに匂宮の口から聞かない間は、夫に顔を合わせることが恥ずかしく思っていた。丁度その頃に内裏より中宮の文が到着した。匂宮は驚いて、それでもまだもやもやした気持がさっぱりとしない様子で、寝殿の自分の部屋に行った。母親の明石中宮の文は、
「参内がないので、帝が昨日心配して待っておられたと、言う事であるよ。気分が、もしも普通であるならば、参内しなさい。私も、その後、長い間逢わなくなってしまったからねえ」
 実際二三日逢わないだけであるが、中宮は大袈裟に言った。
 匂宮は親たちに騒がれるのも心苦しいので、浮舟への思いから気分も悪いようなのでその日は内裏には参内しなかった。上達部が多数見舞いに来たけれども逢おうことなく御簾の中で一日過ごした。
 夕方に右大将の薫が来た。
「此方にお入り下さい」
 と二人は打ち解けて対面した。
「体の調子が悪いという噂を聞きましたが、明石中宮も不安そうに心配なされています。どの様な体の調子ですか」