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私の読む「源氏物語」ー80-浮舟

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 と言う。浮舟は体裁がよく、おっとりとして、奥ゆかしい薫を見なれていたのに、ほんのちょつとの間でも、浮舟をもし見ない場合には、きっと死ぬに違いないと、浮舟を思いこがれている匂宮に対して、情愛が深いと言うのは、こんな人を言うのであろうかと、自然に思い知られるにつけても、不思議である私の身の上に対して、もしも匂宮との何かの評判でも立つならば、母北方・中君・薫なども、どんな風に 思われるであろうと、浮舟は先ず中君
の気持を考えた。匂宮は浮舟の素姓を、まだ誰とも知らないのに、
「私は情ない。やっぱり素姓を総て私に言ってください。低い身分であるからと言っても、私の貴女に対する情愛は深くなるばかりです」
 と、匂宮は何とかして彼女の素性を知ろうとするが、浮舟は絶対答えなかった。その他のことは何でも可笑しく答えたりまた尋ねたりして匂宮と次第に親密になっていった。それを匂宮は本当に何処まで可愛いのかと見つめていた。日が高くなると母親からの迎えの車が来た。女用の車二台と乗馬の人達で、何時もの、荒々しい東国武士が七、八人とその他にも男が多く、あまり上品とは言えない東国の訛りで喋りながら入ってきたので、女房達は下品な東国武士どもを薫(実は匂宮)に対して、恥ずかしく思って、あちらの方に隠れてと下仕えの男に言わせた。右近は、どうしようか殿は此処に居られますから、石山寺参詣は出来ませぬと、もしも言ったらその場合に、いかに京が広いと言っても薫ほど高貴な方が、在京かそうでないかは、自然に、分かるもので、薫が今、宇治に来ているか否か位は周知の事で隠し切れるものではあるまいと、心配して、右近はこの女房達にも相談もしないで、単独に母の北方に返事を書く、
「昨夜から浮舟は穢れに入り参詣が出来ないことを残念に思っておられますところへ、今宵に夢見が悪かったので、今日だけは慎んでいなさいと物忌みに入られました。本当に悔しくて私は、魔物の妨害を受けているように、浮舟を見申しあげております」
 と書いて迎の人に食事を出したりした。辨尼にも女房から、
「浮舟は今日は物忌みで石山には行かない」
 と連絡した。春の日長を平素は、退屈して暮しにくそうにしている許りで、浮舟は、霞んでいた山ぎわを、じっと物思い勝ちに見つめて寂しくつらく過していたのに、日の暮れると浮舟に別れて、京に帰らねばならぬ時になるから寂しくつらく思わずにはいられない匂宮に、浮舟は今は心を引かれるので、
取りとめもなく、何時の間にか日が暮れてしまった。外に気の紛れる事がなく、気持ののんびりする春の日に、浮舟の容姿はいくら見ていても飽くことがない、あそこがなあと、思われる欠点がなく、浮舟は可愛らしさがあり、愛嬌の多い美貌な女はあった。それでも二条院の中君には劣っている。それにも増して左大臣夕霧の六君、匂宮の夫人は今が若盛りであり、つやっやと輝いている近くでは、当然劣りがはっきりする程度の浮舟なのに、匂宮は類もなく美しいと、思わずにはいられない時であるから、まだこんな美しい女は見た事がなく、可愛い風情であるとばかりに浮舟を眺めていた。浮舟はまた薫のことを、とても綺麗であり、こんな綺麗な人は、この世にまたとないであろうと見ていたが、顔の肌がきめ細やかで、つやつやと輝き血色もよく、綺麗な事は、薫よりも匂宮が、この上なく勝れていると思っていた。匂宮は硯を引き寄せて書の手習いを始めた。字を面白く書き、絵をそれに添えて描いて見栄え良く仕上げると、浮舟の若い心は匂宮に移るであろう。
「私が思うように行かなくて、貴女に逢いに来られない時は、この絵を御覧なさい」
 と、美しい男女が共寝をして愛情を確かめ合っている絵を描いて、
「常に貴女とこのようにしていたい」
 と言いながら涙を流していた。

長き世をたのめてもなほ悲しきは
    ただ明日知らぬ命なりけり
(浮舟に、将来長い世を当てにさせても、やっぱり私の悲しいのは、ただ、明日どうなるか分からない、この、はかない命なのである)

 こんな風に考える事が、いかにも、縁起が悪い。私は、この身を心に思うままに任せられない。だから色々と、宇治に通って来て貴女に逢うように、もし何かを考えるとしても、その間に
本当に死んでしまうかも分からない。二条院であの時は、私につらく、情なかった、貴女の態度であったのに私は、どうして何の理由で貴女を尋ね探し当てたのであろうか」
 浮舟は匂宮が墨を付けた筆を執って、

心をば歎かざらまし命のみ
  定めなき世と思はましかば
(男の変り易い心をば、悲しみ嘆きはしないであろうにねえ、もしも、命だけが、定めのない、この世の中なのであると思いまするならば)

 の返し歌を匂宮は見て、自分の心が変わるのを彼女は恨めしく思っているのだ、と読むと彼女が一段と上品に見えた。
「どんな人の変心を貴女は見てこのように詠われたのかな」
 と微笑んで、薫が浮舟をこの宇治に連れてきた事を何回も聞くので、浮舟は苦しくなって、
「言う事の出来ない事を、こんなに言え言えと仰せなされるのが、いかにもつらい」
 と答えて恨めしそうにしている様子も若くて可愛い。自然に分かることだと匂宮は思うのに、それを浮舟の口から言わせようとするのは、悪い男である。
 夜になって今朝京に使わした使いの大夫が帰ってきて右近に会う。時方は、
「明石中宮からも、匂官邸に御使者が参りまして、左大臣殿(タ霧)も、匂宮が夫人の六君を訪ねて来なくて、出歩きなされるのを、内心、匂宮を怒ってお出でになるので、人に言うことが出来ないような出歩きは軽率なことで、
このような事が、総て帝などが聞かれることでもあれば、中宮の身の不行届と言うことになり、つらい事であると、大層きびしくおっしゃってました。また、外の人には、匂宮は東山へ聖僧に御逢いに御出かけなされたと、言っておきました」
 さらに、
「本当に女という者は罪業が深うありなされるものである。中宮や左大臣のように関係の深い方々は当然であるが。何でもない、従者まで、当惑させなされて、その上、虚言をまでも言わせられることよ」
 右近は、
「空言を言っていただいて嬉しいうえに、浮舟に「聖僧」の名称まで付けていただき本当に有り難いことです。私の罪も、虚言を仰せられた罪も、それ聖僧と言うことで、消滅することでありましょう。これは冗談を言いまして、本当に匂宮は、怪しからぬ無理な忍び歩きを、左大臣殿も、怒っておられるという通り、どうしてそのような癖をつけなされたのであろうか。このように忍び忍んで御越なさるおつもりであると、前々から、承っていたならば、その場合には、有り難く恐れ多いことであるから、いかようにも準備をしておきましたものを。本当に匂宮は無分別な忍び歩きである」
 と応対をしてから匂宮の許に参って、このようにと、右近が時方の言うことをまねて告げると、なる程、時方の伝える通り、タ霧の立腹や中宮の心配は
と、匂宮は思いこんで、