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私の読む「源氏物語」ー80-浮舟

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「折も折、薫様が来訪のときに、不在であれば、隠れなされたようで、それは工合の悪い事ですよ」
 と言う右近に、対座している女房が、
「不在である事を、石山寺参詣で出かけていったと、薫様に、もし御消息をされるのであればそれこそ好都合でありましょう。考えもなく軽率に音沙汰もしなくてこっそりと隠れなされるのは如何なものですか」
 また一人の女房は、
「石山寺に御参詣の後は、母君方には行かず宇治にそのまま真っ直ぐに、御帰りないませ。宇治にこうしていて、寂しい生活のようであるけれども、気ままで安心して暮らせますが、京は旅をしているような気持がするでしょう」 別にまた、そこにいる女房は、
「今まで通りにやっぱり、当分の間、姫が、このようにして、薫様の来訪を御待ちになるのが落ち着いて静かで人目も良いでしょう。姫を薫様が京へ御迎えなされたら、母親にも簡単に御逢い出来るようになりますから」
「この乳母殿が、気の短い方であるので、突然に石山寺参詣などを言ってこられたと思いますよ。昔も今も何かと我慢して、気長で暢気な人こそ幸福を最後まで持つことが出来ると言う事です」
 などと、女房達が色々言っているのである。右近は、
「どうして、石山寺参詣勧誘に出かけたこの乳母を、ここ宇治に引止めなかったのであろうか。止めなかったからこそ、石山寺参詣をする事になってしまった。年寄りは物わかりが悪くやっかいな者である」
 小言を言うのは、この乳母のような、物の分からない者をけなしてである。
覘いていた匂宮は、右近が非難しているのを見て、あの一件の時に、自分をにらみつけてつねつた憎らしい女が、浮舟の傍におったなあと、想うが夢のような気持であった。その後右近達は外聞の悪い程まで打解けた内証話などをして、
「中君こそ本当に幸福でありますよ。左大臣の夕霧様があのように勢いのある方が匂宮を六姫の聟にと強く勧められるのだが、中君に若君がお生まれになってからは六君よりも中君を大事になさっておられるようですよ。此処の乳母のような利口ぶって出しやばる者どもが、中君方にはいらっしゃらないので、御気持もゆっくりとし、中君は暮しなされるように思う」
 女房の一人が、
「せめて薫様だけでも、真実に浮舟を思ってくださる事が変わるようなことがなければ、中君に劣ることなく幸福でありますよ」
 と言うのを聞いて浮舟は少し起きあがって、
「聞きにくいことを言って。外の人のことを負けたくないとか、どうかなあとか言っても差支ない。だが、中君の御事に就いては、決して、そんな優劣などと言う事を申してはならない。中君の耳に入れば私はどうすればいいのだ、困ってしまうではないか」
 匂宮は、中君とこの女とはどの程度の親戚なのであろうか。二人は本当に良く似ている。比べてみると、気品があって艶があり上品なところは中君が優れている。この女は可愛らしげで、人情味の濃厚な点が、なんとなく興味を引くのである。浮舟に欠点を、たとえ見つけたとしても、それだけで、あれ程また逢いたいと、想っていた女、浮舟であるから、この女がその浮舟であると、現につきとめてて、そのままで、済ませてしまうような彼の気性でないから、以前に逢ったときよりも、しっかりと見て、この女をどのようにして、自分の物にする事が出来るかと、真剣に考えるのであった。匂宮は浮舟は何処かへ移るようである、母親が居る、ここでなく、よそへ行ったら、また捜し出して逢う事が出来ようか、今夜中には、別に、どうする事も出来ないと、無我夢中で頭の中が真っ白になって今までの通り隙間から覗き見を続けて浮舟を見つめていると、右近が、
「ああ、ねむたい。昨夜も、何と言う事なしに夜明かししてしまった。明朝早い間にでもこれを縫い上げてしまおう。たとえ、母北方が、御急ぎなされるとしても、迎えの車は日が高くなってからであろう」
 と言って、縫いかけの物などを、取揃えて几帳に懸けたりなどしながら、うたた寝の状態で脇息により沿って寝てしまった。浮舟も少し奥に入って横になった。右近は起きあがって北面の自分の部屋に行って暫くたって帰って来た。そうして、浮舟の足もと近くに臥した。
 眠たいなあと、右近が言うとおりぐっすり寝こんでしまったのを匂宮は見て、外にすることもないので、忍びやかに格子を薫が来たようにして叩くと、右近がその音を聞きつけて、
「誰」
 という、匂宮は薫の声に似せてわざと咳ばらいをすると、右近は、上品な咳であると、聞き分けて、薫様が御越しなされたのであろうかと、思って起きてきた。匂宮は、
「何はともあれ、まず、この格子をあげよ」
 と言うと、右近は、
「妙に思いがけない時刻でごさいますなあ。夜はもう更けてしまっています」
「よそへ物詣でに浮舟が御出かけなされるようであると、仲信が言うておったから、驚いて直ぐに出かけたので、山道は暗くてひどく難渋した。格子を早く上げてくれ」
 と言う匂宮の声がうまく薫に似せて、しかも目立たぬよう小声であったから、右近もまさか匂宮と気がつかず、格子をあげた。
「道中で、恐ろしい追剥ぎがあったものであるから。欺く策略で見苦しい変な姿で此方に参った。灯火を暗くしてくれ」
「まあ、大変。恐ろしかった事でござりましょう」
 と言って右近は慌てて燈火を物陰に隠し、その場を暗くした。  
「私の姿を女房どもに見せるなよ。私がここに来たと言って、女房達を起すなよ」
 と、匂宮は物事に巧者で機転のきく性質であり、しかも薫とは伯父甥の関係になるので、かすかに似ている声であるからすっかり薫の様子に似せて奥に入っていった。
 恐ろしき事と仰せになったのは、どんな御姿であろうかと、右近は気になって自分も、物の陰に隠れて薫に化けた匂宮の姿を見ていた。その姿は細々としており、なよなよとしなやかに装束を着けて、衣に焚きしめた香の香りも薫には劣っていない。浮舟に近づいて匂宮は衣を脱いで、慣れた動作で薫に化けて浮舟の横に添い寝すると、
「何時もの寝所にこそ、御休みなされませ」
 と右近が言うが、匂宮は露見を気にして物も言わない。仕方ないので右近は浮舟に夜具をかけて、浮舟の近くに寝ていた女房達を起こして、浮舟から少し退かせて、全員寝てしまった。匂宮の供の者達は辨尼が面倒を見ていたので、いつものように浮舟方には辨尼は関わらないことになっていたので、薫とは人違いとは知らないで、女房達は、
「薫様のこんなに夜の遅い御越しとは、身にしみじみと愛情を感じますねえ」
「こんなに情愛の並々でない、深い御親切を浮舟はお分かりでない」
 わかったように利口ぶる女房もあるけれども、右近は、
「ああ、やかましい、おだまりなさい。夜の声は、小声でひそひそささやくものです、うるさい」
 と言いながら寝てしまった。