私の読む「源氏物語」ー80-浮舟
「その尼は渡り廊に住んでいます。話の女は今度新築せられた寝殿に見苦しくない女房なども多く、立派な生活をしておあれますが」
「変んなことだなあ。薫は何を考えて、どんな身分の女を、宇治などに隠しているのだろうか。なんと言っても薫は一癖あって、普通の人と違った性格をもっているからねえ。左の大臣(夕霧)などは、薫という人物はあまりにも真面目に仏道修行の心にひた向きになって、山寺にともすると夜まで修行して宿ると言う軽率さであると、非難なされると聞いたけれども、タ霧左大臣の言う通りなる程、仏の道に熱中しているが、どうしてあのように仏の道には、隠れ忍んでこそこそ出歩くのであろう。やっぱり今でも、あの大君の形見の宇治を故郷と心に止めて未練を残しているのであろう。と聞いていたが実のところ、この女を置いてあると言うような、秘密の事があるのであったか。薫は真面目に道心に進んでいると言うが自分と、どちらが真面目なのであるか。人よりは真面目であるぞと、差を付けて利口ぶる者は、外の普通の人には考えもつかない秘密のことがあるものよ」
と言って、おかしな事と匂宮は思うのであった。この道定は、薫に大変親しくしている家司仲信の婿であるので、薫の隠しごとも自然と耳にはいるのであった。匂宮の気持にはどうにかして薫が宇治に囲っている女が、去る日二条院で見てもう少しで自分の女になったであろう、あの女であることを見極めたい、と言うのであった。薫が、彼の下人が語っていたようにして隠しているのは、そこらの普通の女ではあるまい、その女が中君とどうして親しいのであろうか。薫が中君と合意の上で隠したのでれば、匂宮は妬ましく思わずにはいられない、そのことだけが匂宮の最近の考えることであった。
正月十八日の競射や、正月下旬の子の日(大体二十一日)の仁寿殿の内宴なども終わって、気持ものびのびしている際に、地方官の任免の事(司召)などと言って、人が気をもむようなことは匂宮には何の関係もないので、何とかして宇治へ隠れて行きたいということだけが頭の中にあった。大内記道定は司召の除目に成りたい官職があって、どうかして匂宮の歓心を得ておこうと夜昼気にして心を使っているのであったのを、匂宮は平素よりは親しみ深く召使って、おそばに何時も控えさせていたのであるが、ある時、
「非常に難しいことを頼むが、きっと成功させてくれるか」
聞いて道定は引き受けた。匂宮は、
「工合の悪い話であるが、宇治に住んでいるという噂の、あの女は、実は自分が大分前にほのかに見た後行方が分からなくなったが、右大将に捜し出して取られてしまったのであった。と言うことを人に聞いて分かった。然し確認することは方法もないから、ただ物陰からでも覗き見をして、私の尋ねる女かどうか見定めてみたい。そのことを少しでも、人に知られないような方法は、どのようにすべきものであろうか」
と言うのを聞いて道定は、何という難しいことをと、思うのであるが、
「宇治に行かれる道は荒れた山道でありますが、そんなに遠いところではありません。タ方(酉の刻、午後六時)頃、京を出発されて、亥か子の刻には、きっと宇治に御到着遊ばしましょう。そうして夜が明けようとする暁にはお帰りなさればよい。もしも人が気づきまするとすれば、それは御供としてご一緒する者だけが、知るところでありましょう。知るとしても、深い事情は分からないでしょう」
「そうだなあ、昔何回か通った道である。軽率であると言う非難がきっと起こるであろう、噂が立つのが気恥ずかしいことよ」
してはならない事として、匂宮自身返す返す何回も考えるのであるが、このようにまで大内記道定に打ちあけた以上は、思い止めることは出来ないで、供として昔匂宮が中君に通った時も供をして、宇治の事情を、既によく知っている者二、三人と、道定、さらに、匂宮の乳母の子供で、六位の蔵人から叙爵して五位になった若い者など、日ごろから慣れ親しんでいる者達を選んで、道定が、
「右大将は今日、明日よもや宇治には行かれないだろう」
と言う大内記道定に、十分、薫の動静を探らせて出発したのであるが、中君の許に通った昔のことを思いだしていた。
不思議な程までに、匂宮に心を合わせて味方となりながら、かつて宇治に連れて行き中君に手引きをしてくれた薫のために、今の行動は気の咎める事であるなあと、匂宮は想い出すことが多々あるが、たとえ京の中でも、まるで、誰も知らない忍び歩きは、人が知らないとは言うけれども、出来ようもない親王という身分であるのに、今日は殊更にまあ見苦しい粗末な姿で馬に乗って行く気持は、何となしに恐ろしく、気が咎めるけれども、見たい知りたいという好奇心は強い気質であるから、木幡の山が深くなるにつれて早く着きたいものである。上手くいくであろうか、あの女と顔を見合わせる事もなくもしも帰るとすれば、それこそ、寂しくもあり情け無いことであると思
うと、匂宮の心が胸騒ぎするのであった。九条河原の法性寺までは車で、そこから馬に替えて宇治へ向かった。
急いで道を行ったので、宵を過ぎる初夜(戌の一刻、午後八時)頃に宇治に到着した。道定は事情をよく知っている薫の御殿の人に山荘の様子を聞いて、宿直の夜番のいる方には近寄らずに、葦の垣根に取囲まれている西の方へ廻り、その垣を静かに少し壊して道定は入っていった。道定も、案内はするものの、まだ見たことがない住居であるから、はっきりはしないけれども、邸内に人が大勢いるようにはないから、寝殿の南面が燈火がほの暗く見えてそよそよと衣ずれの音がする、匂宮の許に戻って、
「まだ人が起きているようです。構う事なく、寝殿から、御入り下さい」
と、匂宮を案内して寝殿の中に入れる。匂宮はすぐさま簀子に上がり、格子蔀の隙間を見つけて覘こうとして寄っていくと、細い葦で編んだ粗末な伊予簾がさらさらと鳴るので、気づかれはしまいかと気が引ける。この寝殿は新築でなかなか美しく出来てはいるが、まだ木と木の間に隙間が見えるが、誰も覘く者はあるまいと、のんびりと構えて格子の穴を塞ぐこともなく、垂れ布の帷子をまくり上げて、几帳の手に引き掛けて傍らに押しやってある。燈火は明るくして、縫い物をする女房が三四人いる。女童で、可愛らしい子が 糸を縒っていた。その女童の顔をあの折に匂宮は二条院で見た顔である。不図見た目違いかと、もう一度しっかり見るとやっぱり見た事のある女童に違いないと思っている折に二条院で右近と言っていた女房もいて、浮舟は腕枕で横になり、燈火をじっと見つめた目つきや、髪がこぼれかかった額の辺り
などが上品で、若々しく美しく西対の中君に大層よく似ていた。この右近が縫う物に折り目をつけるために体をかがめながら、
「石山寺参詣で貴女が母君の家に御出けなされてしまったならば、急にまたこちらに帰って来ることは出来ませんでしょうから。ところが、薫様は、この地方官任免の司召の時期を終って、二月一日頃には間違いなく此方に来訪すると、昨日のお使いで私達に言われています。貴女への文にはどの様に書いてありました」
と言うが、浮舟は答えもしないで、物思いに耽っているようである。右近は。
作品名:私の読む「源氏物語」ー80-浮舟 作家名:陽高慈雨