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私の読む「源氏物語」ー79-東屋3-3

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「薫には御考えなされる理由があろうと思う。気がかりに思いなされますな。
九月は明日は節分ですよ」
 と言って慰める。京は立冬前日の十三日であった。弁尼は、
「私はこの度はお供いたしません。中君へ御耳に入れたいことがある場合に、中君をも訪れず、こっそりと宇治と京を往復致しましたら、それも工合が悪うございます。二条院に伺って、中君に御目にかかりましょう」
 と言うが、まだ早いうちにこの事件を、中君に告げられるのも薫は恥ずかしく思って、
「折角京に出て、中君に御目にかからないで工合が悪いのは、後日に御詫を言われた方が良いと思う。あっちも、案内人が無くては頼りない所であるからねえ」
 強いて頼んで言う。薫は、
「誰か一人、浮舟の御供に来て欲しい」
 と言うと、弁尼は浮舟の側にいる侍従女房と供に車に乗り込む。浮舟の乳母や弁尼の供の童達が、残されて妙な気持でいた。
 近所に行くのかと、辨尼達は思っていたが、宇治へ行くのであった。道のりが遠いので牛なども途中で取りかえる用意をしていた。賀茂川の川ぞいの平地を通り過ぎ、伏見街道の法性寺の辺に来たときに夜が明けた。若い侍従は薫を見てその容姿が綺麗なので、気持ちが何となくそわそわして、薫を御幕い申しあげるために、世間への気がねも考えない。そして、浮舟は、呆れたことになったので、物も考えられず
俯してしまったのを、薫は、
「石ころの盛り上っている所は、車が揺れるので、苦しいことであろう」
 と言って浮舟を抱きかかえた。


 車の中央に、紗や絽のような薄絹の、細くて長いもの(几帳の帷子など)を、車の中の鈎から引き下げて仕切をしてあるから。車の前部に薫と浮舟、後部に弁尼と侍従と乗っている。男女同車の時は、前の簾垂を上げるから、日はよくさし込み顔などがはっきりと見えるから、弁尼は、浮舟のようにうつ伏し臥す事も出来ないから尼姿でいるのを、きまり悪く思うにつけても、そうである、亡き大君が薫方へ御越しの御供をして、このように旅をして、薫と会うことが、かつては、きっと出来たに相違なかった。然るに、大君は他界し自分は生き長らえているから、大君の御供でなくて意外な浮舟の御供をする事にと出会うことになったと、悲しくなり、その気持ちを隠そうとしながら涙を流しているのを侍従は、不吉に、めでたい婚姻の最初に、形が違って忌ま忌ましい尼姿で同車しているだけでも 、思うと、何とした事であるか、こんなに、べそをかきながら泣くのはと、憎らしく、また馬鹿らしく思っている。
年寄りは涙もろいものであると、大君の事情を知ら侍従は、弁尼の気持が分からなくとんでもないことと侍従は辨尼を思うのであった。薫も、今、眼前に見ている浮舟は憎くないけれども、昔に似た空の様子につけて、亡き大君への恋しさが勝るので、木幡の山深いところにはいるまま、涙で霧が目の前に立ち渡る気がする。じっと物を思いつめて物に寄りかかっていたが、直衣と袿、即ち下着との袖が、重なったまま、下簾垂の外に出て、長々と垂れ下っているのであったのが宇治の川霧に濡れて、下着が紅色である故に、濡れている上着の直衣の花色(薄藍色)が一緒になって二監まがいの色となり、喪服を思わせるように、大袈裟に色が変って見えるのを、道路の低くなっている所から、登った高い所で、登る時は居直るので見つけて、袖を中に引っ張り入れた。

形見ぞと見るにつけても朝霧の
    所せきまで濡るる袖かな
(この濡れた袖は大君の喪の時の色を思わせる、大君の形見であると見るにつけてまあ、場所も狭い程まで、大君恋しさの涙に濡れる袖であるなあ)

 と薫はわれ知らず、涙などは物の初めに禁忌であるのに、独り言に詠むのを聞いて、同じく悲しさに涙で袖を絞るほどの辨尼見ていた若い侍従は、薫と辨尼が涙する原因が分からないので
、何と見苦しいことと、浮舟の婚礼という嬉しい気持ちがうきうきする道中に涙を流すとは、全く縁起でもないことが加わった気がする。辨尼の我慢しかねるすすり泣きを、薫が感じて、薫自身もこっそりと鼻をかんでこの涙に濡れている有様を、浮舟はどう思って居るであろうと、可哀想で、薫は、
「長年の間に、この街道を行き帰りする内に色々と思いが重なっていきましたよ。それを思うと、私は何となしに感慨無量であります。貴女も少し起きあがって、この山の景色を見てはどうです。大層沈み込んで」
 と無理に浮舟の体を起こすと、顔が可笑しいと扇で隠して外を恥ずかしそうにして、眺めている目つきなどは大君を思い出させるが、浮舟がおっとりとして鷹揚であるのが頼りないようである。大君は大変子供じみていたが、心遣いが、行届いた、と今ももって行く所のない悲嘆は、はてのない大空にも充ち満ちているように薫は思うのであった。
 宇治に到着して、大君の魂が此処に宿って私を見ている。自分は誰のためと言って、女を連れたりなどして、こんなに、そわそわとうろつき歩くものでもないのに、同伴して来たのは大君の形見と思えばこそである。薫は思いつづけて車を降りてからは、大君の亡魂が見ていると思って、亡魂への礼のために心遣いをして、浮舟の側から離れた。浮舟は母がどう思っているかと思うと歎かしいが、車中で薫が、美しく花やかな様子で、また、情愛深くしみじみと御話しなされたのに固い心は緩んで、車から降りた。辨尼は南面でなくて、こちらに下りるため、車を廊の方に寄せてるのを、正式に浮舟が住む所としてわざわざ繕った仮の住み家であるのに、弁尼が、南面から下りないと言う心遣いは、どうもあまり行き過ぎではないかと、薫は見ていた。近くの自分の荘園からいつものように、管理人達が多く集まった。浮舟の御食事は辨尼の方より出された。樹木が道に茂っているが、この邸の様子は広々として明るい。宇治川の景色も、色づいた山も引き立てて見ばえのするようにした造り方を、浮舟は眺めて隠れ家で毎日の気づまりさが晴れてしまった気がするけれども、今後、薫は私を、どんなに待遇なされようとするのであろうかと、浮舟には、落ちつかず疑わしく思う。薫は京に文を書いた。
「まだ、完成していない、仏前の御飾りつけなどを、先程、見て置いて、今日は、よい日柄ですので、宇治に急いで参りまして、検分致しました。ところが、なんとなく気持が苦しい上に、物忌みなのであった事を急に思出したので、私は今日明日とこの宇治に留まって物忌みの謹みを致します」
 と、母の女三宮と、夫人の女二宮に
消息した。