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私の読む「源氏物語」ー79-東屋3-3

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 と言いつけた。殊更に田舎者らしくして、人目を欺こうとした。必ず京に出てくるようにと弁尼に使者から言いつけたので、彼女はきまりが悪く、迷惑であるけれども、化粧をし、身づくろいをして迎えの車に乗り込んだ。途中の野山の景色を弁尼は見ていると、昔薫が大君の許に通ってきたことを思いだし、京までの道中は昔のことを忍んで過ごした。
 浮舟の隠れ家に着いた。隠れ家は特別なこともなく物寂しくあり、人目もあまりないところであったから、車は簡単に引き入れられた。弁尼が、
「いかにも、かようかようの子細で薫の使者として参上仕りました」
 と、宇治から、弁尼の道案内として供をした男に命じて口上を述べさせると、浮舟が初瀬参りをしたときの供にいた若い女房が出て来て、弁尼を車から手伝って降ろす。むさ苦しい三条の隠れ家に退屈して暮らしている折に、昔の話も、きつとする相手になる人が来たのであるから彼女は嬉しくて自分の傍らに呼び入れて弁尼と会う。親と聞いていた八宮と関係があった人だと、浮舟は思うと親しさが増してきた。弁尼も、
「人に知られず、かつて初瀬参詣帰途の中宿りの折に、しみじみと御目にかかって以来、貴女を思い出さない日はありませんでしたが、出家して尼になる程まで世の中を思い捨てました身で、中君の二条院にも参上いたしませんが、薫大将のどうかなされたのかと思うほど私に頼まれるので、気を持ち直して此方に参上いたしました」
 浮舟も彼女の乳母も、二条院で立派な人と薫を見たことがある薫の容姿なので、初瀬参詣の中宿りの際宇治で見てから忘れていない様子に、薫の言われることも、しみじみと嬉しく感ずるのであるけれども、急に薫がこの隠れ家に弁尼を遣わされるように取り計らいされたのであろうと、浮舟も乳母も薫の気持ちには気がつかない。こうして宵が過ぎていく頃に、男の声で、
「宇治から使者が参上仕りました」
 と、門をこっそりと叩く。薫の使者であろう、夜なのに、使者の癖に、表門をあけさせるとは、失礼な。側門でよいと、弁尼は思うけれども、表門を開けさせると、使者と許り思っていたのに何と、車を表門から引入れると言う次第である。怪しいと弁尼は思うが、「尼君に対面を」
 と、薫が宇治に近い、あの荘園の管理人の名を供人をして言わせた所が、弁尼は管理人のつもりで戸口に膝行して出て来た。雨が少し降る上に風が大変冷たく吹き付けその風に乗って何とも言えない香りが薫ってくるので、薫自身が来られたのだと、誰もが胸がきっと、どきどきするに違いない、薫の容姿が美しいから、何の準備もなく、家もむさ苦しい上に、薫の来訪などを予想もしなかったので、女房達は気が気でないので、
「どう言う事なのであろうか」
 と口々に言っている。薫が、
「気楽な、このような場所で、今までの長い間の胸にある思を申しあげたいと思う」というので、こちらを訪れたのでござる」
 と弁尼に中継ぎを頼んで浮舟に伝えさせた。母がいれば、薫への返答は、どんな風に申しあげればよいかと、教えてもらえるのであるがと、浮舟は困っているのを乳母は見苦しく思って、
「あのようにして、薫が御越しなされたとするならば、それを、立ったまま直ぐに、御帰し申しあげなされるのですか、直ぐに帰す訳には行かないでしょう。常陸介の御殿の母君には、何を置いても、薫様のお越しと、こっそり申しあげましょう、近所の事であるから」
 弁尼は、
「馴れない初心らしく、何の理由で、母君に内々通知する必要があろうか、若い御仲間が、何か御話を申しなされるとしても、それは直ぐに、意気投合して良い仲となるようでもないものである。特に不思議な程まで薫は気持がゆったりと落ちついて、何となしに考え深い君であるから、よもや、浮舟の同意がなくて、馴れ馴れしく打解けなされるはずはあるまい」
 と言っている内に雨が段々とひどくなり、空は暗くなってきた。この隠れ家の番人の、妙な坂東訛りの声をした者が、夜まわりをして、
「家の、東南の隅の破損している所が、大層危険である」
「客人の、この御車を門内に入れるなら、引入れて御門を締めてくれよ」
「客人の供人は、どうも気はきかないものである」
 と言って歩くのを、薫は気味悪く、聞き慣れない気持ちがした。薫は、
「苦しくも降り来る雨か三輪の崎佐野のわたりに家もあらなくに」
 と万葉の歌を口ずさんで、田舎びた簀子の端に腰掛けていた。

さしとむる葎やしげき東屋の
   あまり程ふる雨そゝぎかな
(雨だれ(私)の落ち(訪ね)るのをさし止める葎が生い茂って誰かとめているのであろうか、あまり何時までも降って(簀子に待たされて)いる、雨だれ(私)であるなあ)

 と詠いながら袖の雫を払うように追うて来る風が香るるのを、ここにいる東国育ちの田舎人も、この豊かな香りに、きっと驚くに相違ない。ここには殆ど東国の田舎者ばかりいるのであった。
 そうして、あれやこれやと考えるが、薫の申出を言い逃れて、帰してしまうような方法はないから、南の廂に座を造り薫をそこに招いた。気軽に浮舟が対面しようとしないので、乳母と女房が色々と言って薫の許に送り出した。と言っても遣り戸を挟んで、少し隙間を空けての対面である。薫は、
「貴女は勿論、こんな遣戸を造作した大工までも、恨めしい遣戸であるなあ。こんな遣り戸を挟んでの対面は初めてのことである」
 と文句を言って、どういう方法を使ってか遣り戸の中に入ってしまった。入った薫は浮舟を、大君の代理に見たいと言う、あの願望も、今、「人形」などと言うのは、心が浅いと見られては困ると思い、浮舟には告げないで、
「覚えていないが宇治で物の隙間から貴女を覗いたときから、何と言う事なしに貴女の恋しい事は、当然そうなるはずの、前世の因縁なのでしょうか。私は、不思議な程までに、貴女を恋しくおもっています」
 と浮舟に告げる、浮舟の人柄は、可愛らしく、おっとりとして大ようであるから、直接見ても、かつて思っていたのと思った通りで、可愛らしいと、薫は思った。秋の夜は間もなく明けるような気がするけれども、鶏などが鳴かないで、此処は三条通りに近い所なので、しまりの無い、寝ぼけた声を出して、聞いた事もない売物の名を言って大勢群って行く騒がしさなどが聞こえてくる。薫は、このような賎しい女などの行商人が群って行く朝のほの暗い時刻に見ると、いかにも鬼のようであるよと、かつて見たか聞いたかした事を思い出しながら、売り声を立てて行くのを聞くのも、こんな蓬などの生えている所の、粗末な小家に宿ったことがないので、気持には楽しさもあった。夜まわりの宿直人も、門をあけて、自分のねぐらに帰って行くようすである。夜まわり各自が、自分自分の所の奥にはいって寝たりなどするのを薫は聞いて、供の者を召して、車を隅の開き戸妻戸口に寄せさせる。浮舟を抱えて薫は車に乗せる。それを見て乳母や女房誰もが、乱暴であるが止めることが出来ない薫の行動に当惑して、乳母は、
「今は婚姻を忌む九月であるのに」
「こんな辛いことを。どうすればよいのか」
 と女房が言うのを、弁尼も浮舟が気の毒であり、また自分としても意外な薫の行動であるけれども、