私の読む「源氏物語」ー78-東屋3-2
浮舟は何となしに気恥ずかしいのであり、また、田舎じみて物馴れず、つつましい気持なので答えることが出来ないで、
「今まで長い間、私は他人とばかりに、中君を思っていましたが、どういう事でか中君を、このように、お逢いすることが出来て、何もかも慰む気が致しまして嬉しいです」
とだけ若々しい声で中君に言う。中君は女房に物語を描いた絵などを取出させて、中君は右近に言葉を書いた紙を読ませて絵を見ると、中君と向いあって坐って、遠慮から固くなっていた浮舟は、目の前の絵が気になって遠慮も仕切れなくなって中君と頭を突き合わせて熱心に見ている燈前の姿はここと欠点がなく、どこからどこまで、美しげである。額の恰好と目もとが、ほんのりとつややかである気がし、しかも、大ような上臈らしさは、まるで大君そっくりと姉を思い出し絵は全く見ないで中君は、全くなつかしい浮舟の顔であるなあ、どうしてこのように大君に似ているのであろう。亡き父宮に
も似ているように見える。亡き大君は父八宮に、中君は母上に似ていると、老女房達が以前に申していたと言う事であった。浮舟は、父や姉に似ているのであるが、似ている浮舟を見つめていると故人への懐かしさがこみ上げてきて、浮舟を、父や姉と思い較べているうちに中君は、追憶の涙を溜めていた。大君は限りなく貴人であり、人なつかしくやさしく、物柔かで、見苦しいと思う程までなよなよとしなやかな様子であった。浮舟はまた、大君とは別に、物ごし態度が、田舎育ちなので物馴れなくて初心げで、総てに対して慎ましく行動するからか、目につく優雅さはどうも大君には劣っているようだ。せめて深みや重々しさのある様子だけでも、浮舟に加えたならば、薫が北方になされるとしても、それでも決して見苦しくあるまいと思う、など、姉の気分で、浮舟の事を中君は浮舟に気を配っていた。
さて、絵を見た後、話などしていて暁がたになっって床に就いた。浮舟と並んで横になり中君は、亡き父宮のこと、最後に宇治に居られたときのことなど、充分ではないが浮舟に語る。父八宮を見ることが出来なかったことが浮舟には、悔しく悲しいと思うのであった。昨夜の、匂宮の一件を知っている女房の右近と少将君は、
「匂宮との間は何処まであったんだろうか、浮舟は大層可愛らしげな御様子であるのに。中君が浮舟を御可愛がりなさるとしても、匂宮と関係があっては、大事にされることがないであろう
、関係されたなら浮舟が気の毒である」
と言うと右近は、
「そんな事はまあ、あるまいと思う。あの浮舟の乳母が私を無理矢理座らせて、宮と浮舟のあの一件を何となくそわそわと、私に愚痴をこぽした様子では、関係ないと語った。また、匂宮も逢うには逢っても、打解けないような気持で、古歌を小声で誦したりなさったのか。けれども、逢っても会わぬの意の吟詠は、どうなのか分らない。その吟詠は、或は、事実と反対にわざとなされたのででもあろうか。私には分からない。昨夜、中君と絵を御覧の時、事があったのならば恥じるはずなのに大ようであった様子からも、浮舟と匂宮が関係したとは見えなかった」
などと二人はひそひそ小声で噂をして浮舟を気の毒に思っていた。
浮舟の乳母は二条院の車を借りて常陸邸に帰った。浮舟の母である常陸介の北方に、かようかようと昨夜のことを話すと、北方は胸が潰れそうになり、
「女房達も浮舟を問題あるように言うであろう。本人もどの様な思いでいるであろう。男女関係にからむ嫉妬は、
身分に関係がなく下人も貴人も変わりのないものである」
と、自分が嫉妬心が強いのでよけいに心配して夕方に二条院へ参上した。匂宮は参内中で不在のため、北方は安心して中君に、
「何と申しましょうか未だに幼稚な浮舟を、御側に御預け申して置くので、私は安心して中君を頼りに致しておりますが、たとえば、鼬が御側におりますかのような気持をしておりますから、家では、浮舟の事ばかりを、得意になり気にかけておりますので、禄な者でもない、常陸介の子供達に憎まれております」
中君は、
「そんなに貴女が言うように幼稚なところは浮舟にはありませんが。不安そうに、貴女が気持を顔に現わした御目ざしが、私には迷惑なのである」
と言って匂宮の一件を全く知らないように笑うが、中君の気恥ずかしいように思う程、美しい御目つきを北方が見るにつけても、匂宮と、娘浮舟の不始末に、この美しい中君は、どんなに立腹であろうかなどと、北方は気が咎めるので恥ずかしく思う。北方は、昨夜の、匂宮の一件に関して中君は、どのように御思いであろうか、さぞかし御立腹であろうと、思うとこの件に関しては言い出せなかった。北方は、
「このような風にして、浮舟が中君の許に伺っている事は、私の多年の願望が成就する気がしますし、また、外にそのことが噂として流れ出ても、体裁が良く、名誉な肩身の広い事に考えますけれども、そう言う自分だげの一方的な考は、いかに、自分達には都合が良いと言ってもさすがに、匂宮の事をも考えて、遠慮する事なのでありました。尼として奥山に籠もらせ、隠遁させようと言う、私の本来の念願は、浮舟には、いかにも無難に過ごす事の出来る安定した生活であると思いますから」
と言って涙を流すのを、中君は可哀想に思い、
「ここ二条院をば、どんな事が気がかりに貴女は思ってお出でですか。私がどんな事があっても浮舟を縁のない者として疎んじて、構いつけずに捨て置いたならば、不満もあろうが、不都合な心を起して、匂宮が時々此方に来られるが、その事情を、右近や少将君を始め女房達皆の者が見知っているようであるから、皆の者に気をつけて、私は、不都合がある浮舟を世話は出来ないと思っています。そのような私をどの様に貴女は推量なさるのであろうか。そのような事を申されるのは、私を疎く思う故でもあるのか」
と言う。北方は、
「御気持に対しては、私に分け隔てがあると私は思ってはおりません。きまり悪い事には、八宮が、浮舟を子として、かつて御認めのなかった事情を、あなたへお恨みする筋はないのでございます。それとは別に、私を御見捨てなされるはずはあるまいと思う叔母姪の血縁も、縋る所として、浮舟の身の上を御頼み申しあげます」
など、一所懸命になかきみに申して、
「明日と明後日の二日間、浮舟はきびしい物忌ですから、その間を、に邪魔されないで静かな所で過ごして、また此処に参るように致した」
と言って浮舟を誘う。それを中君は、浮舟が気の毒であり、自分も望まないことであると、思うが止めることは出来なかった。呆れる程に見苦しい事(昨夜の匂宮の件)で北方は驚き騒ぎ立てたので、殆ど挨拶もしないで、二条院から浮舟を伴って帰って行った。このような厳重な物忌の場合の方違え場所と考えて、小さい家を拵えてあるのであった。その家は三条あたりで気の利いた風のもので、目下まだ造りかけている所であるからきわ立って顕著な飾りつけも、出来てないのであった。北方は、
作品名:私の読む「源氏物語」ー78-東屋3-2 作家名:陽高慈雨