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私の読む「源氏物語」ー78-東屋3-2

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 と、乱暴な言葉で北方に文句を言っている。この言葉を召使までが聞いて、
こんなにまで荒々しく言わなくても良さそうなものであると、北方を気の毒がるのであった。こんな事になったのは原因が少将にある故に、この少将の君が、北方一派の人々にとって大変憎らしい存在であった。少将と常陸介の実子第二女の結婚がもしもなかったならば内輪の、気まずい厄介な事は、たとえ、時々はあるとしても、長い年月の従来の通り平和に、常陸介夫婦を始め皆の方々は、送ることが出来たことであったろう。こんな事を北方は浮舟に泣きながら言うのである。浮舟は昨夜の急に襲った恐怖の恐ろしさに今は、何ともかとも、北方の言う常陸介との喧嘩などを思案する事が出来ない心境で甚しくきまりが悪く、体験した事のない恐ろしい目を見た驚きと恐れにつけ加えて、中君がどんな思いで私を見ておられるかと思うと、寂しいからうつ臥して泣いていた。乳母は、気の毒なことと、浮舟を慰めて、
「そんなに心配なされる事はありませんよ。母親のない人は頼る人がなくて悲しい事であろう、貴女に母親が居られるではありませんか。他人から信望あることは、父親のない人は、思わしくないけれども、父親が居ても意地の悪い継母に憎まれるよりは、母のある事は気楽であります。母北方は、貴女を、きっと、良いようにしてくださいますよ。不運でも、くよくよと気を腐らせないで。たとえ不運であると言っても、旅馴れない体で、何度も何度も回数を重ねて参詣なされた初瀬観音が貴女に付いていますから、気の毒で可哀そうであると、加護して下されますよ。私の方でも、他の男例えば少将や匂宮などが、こんなに貴女のことを馬鹿にするように見ているのに、浮舟には、こんなめでたい運もあったのかと、驚くほどの幸運がありますと、祈っていますので、このままでは一生を終わることがない」
 と、乳母は世の中を楽観的に見ていた。匂宮は急いで内裏に向かった。内裏に近道の方なのであろうか、正門からでなくて、浮舟のいる方、西対の西門から出ることにしたので浮舟の処に匂宮が声を掛ける声が聞こえた。その声はとても上品に聞え、しかも匂宮が情趣のある古い歌や詩などを吟誦して通り過ぎていく様子に、浮舟は気になってうるさいことと思う。匂宮は乗りかえの馬などを引きだして、内裏からの使者や供の者十数人で内裏に向かった。
 中君は浮舟を気の毒に思い、 また、浮舟がいやな気持に思っているであろうと、思うので作宵の匂宮の件は知らないことにして、
「明石中宮がご病気と聞いて匂宮は行かれたから、今夜は内裏からは退出されないであろう。髪洗いの後でなんとなく私も疲れたから横になっています。此方にお出で下さい、毎日することもなく退屈であろう」
 と浮舟に伝えた。浮舟は、
「驚きのため気分が苦しゅうございますので、暫くしてから参りましょう」
 と返事をしたので、女房の少将と右近は目配せして、右近が、
「宮と浮舟は体の関係もあったのか、そうなれば心中にがにがしく、中君は御思いなされるであろう」
 と言うが女房達が、昨夜の一件を皆知っているから、皆が知らない事であるよりも、浮舟に気の毒である。中君は、昨夜の一件は全く残念であり、浮舟には気の毒な事であった。薫大将が浮舟に気があるようなことを自分に言っていたが、匂宮の件を聞けば、浮舟が軽薄で思慮が無いように、彼女を見下げるであろう。匂宮のようにこれほど女にしまりが無くて淫である方は、無実の事をも聞きづらいように難癖をつけて言い、実際には、少しは不都合なような事に対しても、自分に不都合な点があるとは決して思うことがないようである。薫は口には出さず心中に、情なくつらいと、思うようなことも恥ずかしそうにする心の深い方であるが、匂宮の意外の件を、口に言わなくても、薫は、心に何と思うであろうかと、中君に心配がつけ加わってしまった、浮舟の身の上のようである。今まで長い間、見もせず、知りもしなかった浮舟であるが、その性格や容姿を見れば、見捨てて置く事が出来そうもなく、可愛らしく、また、気の毒であるのに、その上に心配が加わるにつけても、世の中は暮し難いものである。中君自身の境遇は、不満足な事が沢山ある気がするけれども、浮舟のように、こんなに情け無い境遇になったであろう身の上であったが、それ程落ちぶれなかったことこそ、人は彼女を幸福であると言うがその通り、幸福なのであった。
だから今は、彼女への嫌な懸想心が加わった、この薫が、穏かに彼女をあきらめてくれるならば、心配がなくなるのであるがと、中君は思うのである。
中君は髪の多い女であるが、洗髪の後は乾かすのが大変で、乾くまでの起居が苦しかった。白小袖一枚程を上に着ている様子はほっそりとして美しかった。
 浮舟は益々気持ちが悪くなっていったが、乳母が、
「折角、招かれたのに、参らないのは工合が悪いですよ。また、行かないと匂宮との間に、親密な関係が出来たように、中君は、御思いなされるでしょうからねえ。参上しておっとりとした態度でお合いなさいませ。右近なんかには私が、事の推移を始めから話しておきましょう」
 無理やりに、浮舟を勧め動かして、中君の部屋の障子のところで、
「右近の君に一寸話があります」
 と言うと右近が出てきたから、乳母は、
「大変異常な事でござりました、匂宮の件の後に、浮舟は発熱なされて本当に苦しがっておいででしたが、中君の方で、浮舟を御慰め申しあげて下されませよと、言うので、伺わせまする。自身には、何の過失も御ありなされない身であるのに、匂宮の一件を、大層きまり悪そうに思って、困っておいでですのも、少しでも男女の機微を知ってお出でであればよいのですが、全くお知りにならないので当惑なさるのは道理であります」
 乳母は浮舟を起こして中君の許に連れてきた。浮舟は正気もなく、中君方の女房などが何と思うかと恥ずかし意が、柔らかく、大様すぎるほどの性格の浮舟は中君の前に進んで坐っていた。
額の髪が泣いたせいかまだ濡れているのを隠すようにして燈火に顔を背けている姿が、中君を最も綺麗な女と見ている女房達にも、浮舟の姿は劣ることもなく見え、浮き船は本当に綺麗な姫であった。少将は、
「この美しさの姫であれば匂宮との間で、きっと、呆れるような大事が起ろうなあ」
 右近は、
「浮舟のように美しくない女でも、匂宮は、新しい女に興味を感じる性質であるから」
 少将と右近と二人だけで、中君の前で浮舟が、隠すことが出来ない綺麗な顔を見つめていた。中君と浮舟はなつかしそうに親しく話をして、中君は、
「普通と違う、窮屈な所であるなどと、此処を考えないでくださいね。姉の大君が亡くなってから姉のことを忘れる日がなく、悲嘆も大層あり、姉と共に死ななかったこの身が恨めしく、私の不運は他に例えようもないと思って過ごしてきましたが、大変良く姉君に準ずるほど似通っておられる貴女の御様子を見ると、悲しみが慰められるような気持ちがして私は、しみじみと本当に懐かしい。私を思ってくれる親兄弟も無い、私の身であるから、貴女が、私の姉大君の御気持通りに、私を御思いなされるならば、本当に嬉しいことであります」
 と中君は浮舟に色々と話すのだが、