私の読む「源氏物語」ー77-東屋3-1
常陸介は、婚礼に、少将の持てなしを、どれ程、鄭重な事をしようかと、思うのだが、持てなしの、華麗である
作法も知らないので、少将の供をしてきた家来には生地の荒い、東国産の粗末な絹を祝儀にして持って行くようにそこらにぶち撒いておき、食事も部屋中に広げて大声で食事をどうぞと叫ぶ。身分の卑しい供人などは、祝儀や食物などを、大層勿体ない立派なご祝儀を頂くと思うのであったから、少将も望み通りと満足し、この縁組は賢明な考えであって、常陸介に近づき得策であったと、思うのであった。
北の方は、婚儀の騒ぎを、見向きもせず、知らん顔をするのも、すねているようであろうと、我慢して夫のなすままにして側でただ眺めていた。少将の御部屋、御供の部屋と、用意して、その部屋全部を使って大騒ぎをするから流石に家は広いのであるが、常陸介の先妻腹の娘の婿である源少納言を始めとしておおとこの子が結構居るのであるが、休むところがなくなった。浮舟の部屋も客人の部屋になり廊下など、の端のような所に、浮舟の座にして居るのを母親の北方は満足せずに、彼女が可哀想であると思い、色々と考えた末に、匂宮の御殿、即ち中君方にと考えついたのであった。
この浮舟の身内に、浮舟を後援なさる人のないのは常陸介が放っているからであると思うと、浮舟を子として、かつて認めなかった故八宮の姫君である中君方なのに、無理に浮舟を参上させた。乳母や若い女房二三人を付けて二条院の西対の西廂の北面に浮舟を人が多く寄りつくところから奥の方に人気のないところに部屋を用意した。中君と長い間、北方は夫について、陸奥や常陸廻りをして、遠く離れておったけれども、元来、八宮に仕えていた女房であった故に中君が、他人とは思えない人であるから北方が参上すると中君は平気で会って話をする。今は親王夫人らしい気品を持って、若君の世話などをする様子も近く見せられるのを
北方が、浮舟も自分の腹でなく、中君と同じ故八宮夫人の腹であったら、こんなにしてもいるのであろうにと、羨しく思うのも親の気持ちであろう。北方は自分も亡くなった八宮夫人とは離れ切れない関係の者である。八宮夫人と北方とは叔母と姪の関係である。故に、中君とは従妹になり、中君の母に劣らないのであったのに、ただ、八宮に仕える女房と成ったばかりに、数の内に入れてもらえず、その境遇が悔しくて常陸介には馬鹿にされると思うには、このようにして、無理に押しかけて来て中君と睦まじくするのも情け無いことである。二条院では浮舟の物忌みと言ってあるので人が尋ねてくることもない、二三日母の北方も滞在した。今回は心安らかに過ごし、中君はこの様子を見ていた。
匂宮が二条院へ帰ってこられた。北方は見たく思って物陰からそっと見る。匂宮は清潔そうな様子で桜の花を折ったような、つやっやと匂う、美しい容姿で会った。その時に北方は、力にして頼っている人と考えていたので、六君のこともあるので情なく憎らしいけれども、自分の内心には逆らい背くまいと決心していたので、北方の夫の常陸介より風采も顔かたちも人品も、この上なく勝れていると見られる、二条院にいる五位や四位などの中にまじって、匂宮の前に、互に膝を突いて伺候して、「この事務、あの事務」と、あれこれ担当の事務などを親王・摂関以下、三位以上の家の事務を司る家司達が匂宮に指示を受けていた。又五位以下の若い者は顔を知らない者が多かった。常陸介の前妻の子で、式部省の丞で六位の蔵入を兼ねている者が、内裏の勅使で匂宮の院へ来た。彼は匂宮の近くに寄ることが出来ずに去っていった。そんなこの上ない匂宮を北方は、ああ、これは何という美しい方であるのか、こんな御立派な方の御側にありなされる、中君の幸福よ。実際を知らなくて、はたで考える時は、立派な身分の御方達であると、申すとしても、浮気の故に、情ない憂き目を見せなされるならば、中君はつらいであろうと、匂宮の御気持を、今までどうして情なく推量申しあげておったのであろうか、浅はかなことよ。
匂宮の態度や顔かたちを見ると、七夕の織女のように、一年に一度だけ逢うだけでも、匂宮と中君とが逢っているように、互に逢うことはとても嬉しいことであるなあと、思うと匂宮は若君を抱いて可愛がっておられた。中君は小さな几帳を隔てているのを匂宮はその几帳を押しやって中君と話し合っていた。中君の顔かたちは清楚で匂宮と同じであった。北方は八宮が世の中の人に見放されて、寂しい生活をして過されたのを匂宮と比べてみると、お互い親王であるが匂宮と八宮とは格段に違う生活であると、思うのであった。 匂宮が御帳台の内に入ってしまったので若君は若い女房や乳母達があやしていた。院へ多くの人が訪問してきたが匂宮は体の調子が悪いと言って会うことがなく終日御帳台の中にいた。 食事は中君の部屋で召し上がる。こんなにも、何から何まで万事が高貴で高雅である匂宮と中君の生活を見て、北方自身が自分達の姫君の生活に善美を尽くしていると信じていたことが、とても比較して見ることが出来ない地方官階級の趣味にほかならなかったと常陸介夫人は思い知らされた。平凡な身分の者の家庭は、残念なながら真似できることではないと、悟ってしまったから、娘の浮舟も中君のように親王に連れ添わせたとしてその場合に、見苦しくはあるまい。多くの財宝を力にして、常陸介が后にもしてみようと思う娘達が浮舟と同じ自分の娘であるものの、なんとなく感じる様子は浮舟とは全くかけ離れていると思うが北方は、劣っていると思うとやっぱり今まで通りに、今後も、理想は高く浮舟を高貴な方薫の北方にすべきであると考えるのであった。北方は夜中将来の自分の考えを思いつづけた。
匂宮は昼頃に起き出して、
「母の中宮がいつもの病で苦しんで居られるのでお見舞いに伺う」
と、装束などを着替えて冠と袍に指貫を着けた。北方はなんとなく匂宮の姿が見たいのでそっと覗くと、匂宮の正規な装束を付けた姿は似る者がなくて比べようがなく、若君と別れるので
懸命にあやしていた。固粥(かたがゆ)や強飯(こわめし)などを召し上がって中君方を出られた。二条院へ今朝から来て供人の控え所で待ていた匂宮の供人が主人の前に出て報告などをしていると、小碕麗にして、何と言う取柄もない人で、殺風景な顔をしている者で直衣を着て太刀を腰にしている武官がいた。匂宮の御前なので、装束がしっかりしていても目立たないが、女房達が、
「彼が常陸介の聟の少将よ、始めは此方の浮舟様に婿となろうと、決めていたのに、常陸介の実娘を手に入れて、常陸介から大切に世話せられようなどと言って」
「痩せ細った艶のない、常陸介の実娘と婚姻したと言う事である」
「そんな噂はどうであるか。この御邸の人は、そんな噂を、口に出してまあ、言わないから、真偽はわからない」
「あの常陸介の者から、そんな噂を聞き込むつでが、私には、ありますから」 などと女房達は勝手なことを言っている。常陸介の北方が聞いてることも知らないで、女房達が勝手な批評を言っているのを聞いて北方は胸がどきんとする、こんな評判を立てられている少将を、見苦しくない、相当な人物と
作品名:私の読む「源氏物語」ー77-東屋3-1 作家名:陽高慈雨