私の読む「源氏物語」ー77-東屋3-1
「とんでもないことを言うね。人の言うことを聞くと最近並大抵であるような、平凡な女は見たくないとおっしゃって、親王達や大臣達が、薫を婿にと望んだが、聞入れられなく、帝の大事にしておられた女二宮の聟になった薫が、どれ程の美しい女人を、真面目に御思いなされるのであろうか。真面目に愛しなされる女などはいないであろう。浮舟は到底問題にならない。浮舟を薫の母女三宮の許に女房として仕えさせて、時々逢おうという程度は、彼は思うかも知れない。時々の御逢いはそれとして、女三宮の御殿は、薫の考えるとおり成程、浮舟が宮仕するに結構な御殿であるが、正式に夫人とならない蔭の女では浮舟は胸が痛むであろう。中君が幸福なお方と世の中の人は申しているが、六君と言われる正妻が居られれば身分がどうあれ、一人の女を守っていく男の人が感じが良く頼もしくと言うのではないだろうか。自分の身の上を考えても、私はそういう男が一番と承知してしまいました。お亡くなりになった八の宮様は情味のある方らしく見えて、美男で艶なお姿はしていらしったけれど、私を軽いものとして一時の慰み者としてお扱いになったのが、どんなに情けなく恨めしかったことだったろう。現在の夫である常陸介は全く話にもならず、情味もなく、容姿の醜い人であるけれども、ただ、一筋に私一人を守って、他の女に目を移すという二心のない態度を知っているから長年連れ添っているのです。でもねえ、何か事ある場合の態度が、少将の場合のように、無愛想で思いやりのないのが、いかにも憎いと思いますよ。そんなことがあっても、嘆くように嫉妬をすることもなく、互に口喧嘩をしてでも気に入らない事に対しては、綺麗さっぱりとはっきりさせた。女が、
公卿達によって優推で、こちらが気恥ずかしい立派な御方に嫁ぐと言っても、自分がその身分でなければ、連れ添っても甲斐がない。だから総べてのことが自分の身分次第なのだよ、と思ってしまえば、その気持ちで浮舟を再度見てやって下さい。どうにかして浮舟を人から笑われずに立派に仕上げたい」
と北方と乳母は語りあった。
常陸介は、実娘の第二女と少将との婚儀の支度をと、北方に、
「浮く舟の元には見てくれの良い女房が多く居娘の方に、当分の間回してくれ。そのまま、揃えて帳台なども、新調した部屋を、婚姻の事が急になったから、娘用のためにそのままにして置き、婚儀のため外に運び移したりして、何やかやと部屋を設備変え出来ない。この浮舟の部屋を、娘の婚儀に借用しようと思う」
と言って西対の浮舟の部屋に来て立ったままで部家の片付けを命じていた。北方が、見よいように体裁よく小ざっぱりと、どこをもかしこも、出来るだけ十二分に飾りつけしてある部屋であるのに介が、屏風などを持ってきて気をきかしたつもりでしようもない程まで集めて立て並べて、置戸棚、即ち壷厨子や二階厨子を、見苦しい程、今までのものに更に加えて置き準備に得意になって急いでいるから、北方は何と見苦しいことをすると思うが、口を出さないと、言ってしまったから、常陸介のなすまま言うままを、直接に見ていた。浮舟はこの騒ぎの中西の対の北表にいた。北方に常陸介は、「
「お前の御気持は、すっかりわかってしまった。第二女でも浮舟でも一様にお前の子供なのであるから、たとい、私の実子であるとしても,親でも子でもないように、疎略には扱うまいと、思ってはいるがね。突っぱなして顧みないのはそれで構わないが、実母のない子は世間にいくらもある。私一人でやるから、お前は構わなくてもよい」
といって娘を昼より乳母と二人で撫で繕ったから姿は立派になり、歳は十五六ですこし小さいが、丸々と肥えている娘で大事に飾り立てたから髪は綺麗で丈は、礼装である小桂の丈程で、髪の裾はふっくらとしていた。この髪を美しいと父の介は撫でていた。
「北方が、浮舟に、婿にと希望した少将を、横取りしたのではない、と思うが、少将は人柄が、他の者に取られるのが惜しいほど、優秀である君だから、我も我もと少将を聟に取ろうとする人
が沢山あるという事であるから、人に取られるのは悔しいことである、だから此方に迎えたのだ」
と仲立て人の策略に引っかかって言うが愚かしいことである。少将も常陸介の財の程度がすばらしく、望み通りな事であると、満足し、すべての点での難点はあるはずがないと思って、浮舟と婚姻の約束した、その夜も変更せずに、来邸した。
浮舟の母と乳母はこの事実を驚き呆れていた。浮舟許り大事に世話をするように常陸介の心はひがんでいるようであるから、浮舟をそのように扱うことが多いので。北方は面白くないから
匂宮の中君に相談の文を送った。
「格別な用事というものがござりませんでは文を書くと言うこともなんとなく馴れ馴れしいようで御座いますが、失礼 かと存じまして、御機嫌はどうかと始終気にいたしながらお尋ねも申し上げませんでした。この度は、浮舟に少し問題が起きまして、浮舟を、暫く居所を変えさせようと、私は想っているのですが、よい所が思い浮かびません。もしもそちらに人目に付かない表立たない部屋が、貴邸にありますなら置いて戴きたく、そうすれば、私は安心するので御座いますが。つまらぬ私には浮舟を十分の保護もできませんので、彼女を苦しい立場に置きますことがしばしばある悲しい毎日ですのに、お助けをお願いできるところはまずあなた様だけでございます。つまらぬ私一人の世話で安心し切れなくて、浮舟に、可哀そうな事ばかりが色々と起こりますので頼みになる方としては、何を措いても先ず第一に貴女様を頼ろうと思いまする」
と涙ながらの文を読んだ中君は、故父八宮が、自分の娘として、あれ程認めなかった浮舟であるのに、私一人が生き残ってもしも世話をし親しくしたとすれば、それも故八宮に大層気まずい事であり、又浮舟が見苦しい姿で世間に落ちぶれるような事を、知らぬ振りをしてもしも噂でも聞いたすれば、それこそ、姉妹が、互に別れ別れに離散するので、私はつらいであろうと、
何でもないことで姉妹が離散することは亡き父八宮にも見苦しいはずである事を、中君は、どうしたらよいかと、思案に暮れていた。中君の女房の大輔
の許にも北方は浮舟のことで心の苦しさを訴えていたので、
「そんな苦しいことがあるので御座りましょう。然し、人情味がなく、無愛想に返事をなさらないでください。浮舟のような母の賎しい娘が、姉妹の仲に居られると言うことは世の中にはよくあることで御座います。それをあまりひどく思いやりもなく、八宮はかって仰せなされた事である」
などと中君に言って、更に、
「隠れの方が必要であるならば、中君の西対に、奥まって人目につかない隠れた場所を用意して、迎えよう。むさ苦しそうな場所であるけれども、それでも、きっと過ごす事が出来るならば
しばらくの間は過ごすことが出来るでしょう」
と話し合って北方は嬉しくなって人に知られず、こっそりと出かける。浮舟も中君と、親しくして頂きたいと思っているので、自分の縁談が破談になったので中君と親しくする機会が出来たと、破談になったことが却って、嬉しいと、思っているのであった。
作品名:私の読む「源氏物語」ー77-東屋3-1 作家名:陽高慈雨