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私の読む「源氏物語」ー76-宿木ー3-3

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よろづ代をかけてにほはん花なれば
     今日をも飽かぬ色とこそ見れ
(万年の後を含めて美しく匂うような花であるから、祝賀の今日に対しても、藤の花と区別がつかない美しさと、いかにも、匂う花を見る)

 また誰かの歌に、

君がため折れるかざしは紫の
      雲に劣らぬ花のけしきか
(帝のために折った插頭の藤の花の色は、目出たい時に立つ瑞雲たる紫の雲に劣らない、花の色の風情であるなあ)

 按察大納言は、

世の常の色とも見えず雲井まで
      立ちのぼりける藤波の花
(世間にあり触れた色(美しさ)とも見えない。内裏にまで運ばれて、御園に植えられた藤の花であるから)

 腹の虫が治まらぬ按察大納言らしい歌である。これらの歌の一部に間違いがあるかも知れないが、たいした力作もなかった。夜が深くなるに従って宴会は面白くなってきた。薫が催馬楽の「あなたふと」を謡宇声は、めでたい美しい声であった。按察大納言も昔、美声でならしたその声は未だに衰えないで薫の歌にあわせて謡う。左大臣タ霧の七郎はまだ童であるが、笙の笛を吹く、それがとても美しい音色であったので帝から褒美を頂戴した。夕霧が御礼の舞を庭に降りてする。帝は暁がたに藤壺から帰られた。上達部・親王達に禄が帝から下賜された。殿上人や楽所の者には女二宮方より身分身分に応じて賜う。
 藤花の宴の夜、女二宮を、薫は、自邸の三条宮に伴うのである。その儀式は少し違っていて、帝づきの女房に、そのまま全部、供をさせた。女二宮は廂糸毛の車で出発する。皇女が降嫁して夫の邸に移るというのでもの凄い見送り人と、牛車が集まった。
用意された車は、廂のない糸毛車三台・檳
榔毛の黄金造り六台・ただの檳榔毛 廿台・網代車二台以上が内裏が準備した車で、女二宮の女房三十人、童・下仕八人づつそれぞれがその身分に応じて一人又は二人、定員の四人と別れて乗車したところへ、薫の邸から迎えの女房が出し衣(ぎぬ)して乗っている車には、薫の本邸(三条宮)の女房達を乗せていた。見送りの上達部に殿上人は出来るだけ立派な美しい装束を着て見送っていた。

 このようにして薫はやっと緊張することなく自分の屋敷で女二宮を見ると、彼女の容姿は綺麗であった。体つきは小柄で、性質はしっとりと落ちついて、物足りないと思う点はなかったので、薫は自分の前世も悪くはなかったのだと自惚れから、過ぎてしまった大君の事が忘れられるならば、女二宮と結ばれたことでよいのであるが、大君を忘れられないから、女二宮を迎えてもやっぱり心の紛れる時がなく、大君の事ばかりは彼が生きている限り大君への思慕は
無くならないようである。死んで佛になってやっとこの世で辛かった大君へのことを、何の因果応報によるのかと、明瞭にしてこの大君を恋い慕う悩みから諦めもしてしまおうと思い宇治へ建造の寺のことだけに気持ちを打ち込んでいた。
 賀茂祭りの賑やかさも終わり四月の二十日頃薫は宇治へ向かった。建造中の御堂を見て係りの者に色々と指示を出して、何時もの弁尼の許を素通りすることが、やっぱり、弁尼に気の毒であるから、弁尼の住む方に向かっていると、女車で、大して立派なものでもないのが一台が荒々しい東国武士の、腰に何か矢を入れる壷やなぐいを負うていた者を大勢引き連れて堂々と橋を渡ってくるのを見た。田舎者かなと、見ながら薫は山荘に入ったが薫の供がまだ入りきらないうちにこの田舎侍の一行も山荘を目指してくるようであった。薫の家来が、がやがやと物言うのを止めて、
「どなたですか」
 と聞かせたら、山荘の声に田舎なまりのある男が、
「前常陸介殿の姫君(浮舟)で、初瀬の御寺に参詣して御帰りなされた御方である。行きがけも此方にお泊まりされました」
 と言うのを聞いて薫は、その姫のことを聞いたことがあるぞと、思いだして供の人達を陰に隠して、
「早く車を中に入れて。此処にもう一人泊まりがあるがその方は北側に泊まられるから」
 と薫は召使いの男に言わせる。薫の供も狩衣姿で晴れ晴れしい姿ではないがやはり身分の高い方の一行であると見えるのであろうか、浮舟の一行は厄介なことと思って、馬などをわきの方に避けなどしながら、皆恐縮したまま南面に畏まっていた。浮舟の車は邸内に入れて、渡廊の西の端に寄せる。山荘の、以前の建物を御堂としたのでこの寝殿は、新築した許りであるから、まだ外から丸見えで、簾垂もかけてなくて、格子即ち蔀だけ下して締め切ってある内部の柱の第二間の所に母屋の中央に中仕切りとしてしめてある襖の穴から、薫は浮舟の方をのぞいて見た。衣が、衣ずれしてがわがわと音を立てるから、脱いで置いて、単衣の上に、ただ直衣と指貫だけを着て薫は居た。浮舟はすぐに車からおりなくて、口上で弁尼に伝言して、先ずこんなに身分の高そうな人のお出でになるが、「どなたか」など聞いてみた。
 薫は車を浮舟と聞いていたので、
「決して、その人に私がここにいると、申しなさるな」
 と、まず山荘内の人達に口止めすると弁尼達は心得て、召使いに、
「早く車から降りてください。御客はありますが、貴女方とは別の処にお泊まりです」
 と言わせた。若い女房が先ず車から降りて、浮舟が下りるように、車の簾垂をまくり上げるようである。浮舟の前駆の男どもの田舎じみている態度・有様よりは車から降りたこの女は世間並みで見やすい。また一人少し年かさの女房が降りて、
「早く降りてくださ」
 と言うと、
「なんとなく人に見られているような気持ちがする」
 と言う声は、はっきりとはしないが、なんとなく艶やかに聞こえた。女房は更に、
「今始めて泊る所でもなく、前にも泊ったように何時も泊るところですよ。何で恥ずかしいことがありますか。こちらは、この前も締め切ってばかりでしたね、締め切っているなら外から丸見えではありません」
 と女房は、一人合点して言う。それを聞いて浮舟が、慎重に車から降りて来るのを見ると頭の恰好や体の様子が細くて、気品があるところは大君を思い出すであろう。浮舟は扇をすっと顔に当て顔を隠したので、顔が見えなくて薫は気が気でないので、胸がどきどきしながら浮舟の車から降りるのを見ていた。車は高く降りる場所は低くなっているが、そこを女房達は軽々と降りたが、浮舟は苦しそうに下りるのを躊躇って、長い間かかって下りて、南面の奥に膝行って入っていった。浮舟は濃い紅色の袿(上衣)の上に、撫子襲と思われるような細長を着、その上に若苗色の小袿を着ていた。

 四尺の屏風をこの襖に添えて立ててある、その上から見られる穴であるから、余すところ無く覗き見できる。襖の方を気がかりに思って、浮舟は南の方に向いて、脇息か何かに寄りかかって、うつ向いているのであった。女房が、
「物に寄り添うてうつ向く程まあ、道中苦しそうでありなされたなあ。泉川の渡船も水かさが高くて今日は本当に怖かったですねえ」
「この二月の初瀬参詣の折には水かさも低く渡船も良かったのですが。いやもう、旅は、山河の恐ろしかった東国の旅を考えると大和路はどこも恐ろし処はありませんねえ」