私の読む「源氏物語」ー76-宿木ー3-3
と色々と、非難する風に思う女房、言う女房があるのを承知で、帝は決心をしたことは直ちに、滞りなくすぐに断行するような性格であるので、どう扱おうと、結果が同じであるならば、過去の例(今上の姫宮を臣下に降嫁)がない状態であろうと、女二宮は薫に降嫁させると、考えを決めておられたようである。帝の姫宮を妻にした男は昔も今も多くあるけれども、老年は別として、こんなに若く盛りである歳の姫宮に、平人との結婚を急がれたのは少ない事例であろう。左大臣の夕霧も、
「この様なことは世にも珍しい、薫に対する帝の寵遇と、彼の前世からの宿縁である。父の源氏でさへ、朱雀院が退位されてから長年を経た後朱雀院が出家を思い立たれ、姿を僧衣に着替える際に薫の母女三宮を託されたのである。源氏でも在位中の姫宮を得る事は困難なのである。まして、自分は、とてもそのようなことはできない。朱雀院の女二宮を得たといっても、世間の人も許容しない柏木の未亡人落葉宮を拾ったのであって決して、朱雀院の姫宮を戴いたのではない」
と言うので、落葉宮は、夫の夕霧が拾ったと言われる通りなる程、そうであると、柏木の死から、母の死そして夕霧の親切でついに夫人となった自分が恥ずかしくて、夕霧に答えることが出来なかった。
女二宮と薫の三日夜に帝は、大蔵卿を始めとして女二の宮の後見に帝が任命した人達や家司に命じて、こっそりと薫の前駆の者・随身・牛車の左右について供をする車副・雑役を扱う近習の舎人まで禄を賜う。その時の作法などは、帝から禄を賜わるなど、いかにも一般平人の婚儀の状態で
ある。内親王の婚儀にはこのような禄を賜ることはない。薫はこの後は内裏の藤壼へこっそりと通って行った。会う度に薫と女二宮の仲は甘く蜜のようになっていくが、それでもなお彼は、心の内に大君のことが忘れられないで、昼の明るい内は自分の三条宮に寝たり起きたりと庭を眺め暮らし、日が暮れてくると彼の意志でもなく女二の宮を訪ねて行くのも、そうした習慣のなかった彼のことであるから、おっくうで苦しく感じ、女二宮を御所から自邸の三条宮へ迎えようと考えた。母の女三宮はそのことを薫から聞いて大変喜び自分が今居室にしている寝殿から去って外に行き、女二宮の部屋に使うように薫に言うが、
「寝殿から去って他に御移りなされるのは、大層勿体ないことであります」
と言って寝殿の西面(西廂の間)と、女三宮の御念誦堂の中問に、細殿(廊)を連続させて造作する。細殿は、女三宮が、女三宮は寝殿の西面に移るようにした。また東の対やその他の建物は先年の火事で焼失してしまったのであるが、今は綺麗に再建されて理想的な建物になっているが、いやが上にも立派に飾り立てながら、女二宮の御移りのために、こまごまと念を入れて仕上げをしていた。薫のこのような気使いを帝が聞かれて、薫と女二宮が結婚後時もたたないのに姫が気を許し軽々しく薫の邸に移るのは如何なものかと心配していた。帝といえども子供を思う心の迷いは普通の人と変わらない。薫の母の女三宮の処に勅使が来て、帝の文を持参する、その文にもただ、結婚間もない姫を聟の邸に移すことの心配のみが、書かれていた。亡くなった女三宮の父である朱雀院は、この姫が可愛くて、兄に当たる今の帝に後見をよろしくと頼んでいたから、現在、女三宮は出家したけれども帝は、妹の女三宮に対する、昔からの好遇の気持が今も続いていて、総てのことを女三宮が出家をする前となにかあると帝は心配して、申し入れがあれば必ず聞き入れて御配慮は深いのであった。薫はこのように、舅である帝と姑に当たる中宮どちらからも、この上なく大切に世話をしていただく名誉なことも、彼はまだ心の中には格別に嬉しいとも考える事ができず、皇女の女二宮の婿となった今でもやっばり、どうかすると、じっと物思いに沈みながら
、宇治の寺建設を急がせていた。
匂宮の若君が誕生後五十日になる日を数えて薫は、そのお祝い用の餅の準備を一所懸命にして、竹で編んだ籠や、檜の破子(中に仕切りのある折箱)に入れる物などまで注意しながら、世間にありふれている普通のものではなく、調えようと考え、また気持ちを込めて沈香・紫檀・白銀・黄金などを集めて、それぞれの専門専門の細エ人などを多く呼び寄せたので、細工人達は我こそはと、調度類に色々の意匠などを考えて制作した。薫も匂宮が二条院に不在の時出かけていって、帝の婿で、権大納言兼右大将であると思う気のせいであろうか、以前よりももう少し重々しく貫禄がつき、その上尊貴そうな風采まで薫には備わったと、二条院の人々は見ていた。中君は、薫は女二宮と結婚している現在はたとえ自分に言い寄る気持があっても、かつてうるさかった懸想の事などは、忘れなされてしまったであろうと、思い気持ちよく薫と対面した。が、薫の態度は昔のままのようすで、中君に対面するとすぐに涙ぐみ、
「気乗りのしない婚姻というのは、一段と苦痛というものが予想外に堪えられないものだとわかりまして、煩悶ばかりが多くなりました」
と、不相応に、愚痴をこぼす。聞いて中君は、
「その嘆きは、あきれたことでありますなあ。その不満を言われると他人が、聞きとがめますよ」
と言うものの、中君は、これ程結構な女二宮との婚姻などにも、彼の心は落ち着かず、まだ姉の大君を想っているのだ、なんと薫の心の深いことと、しみじみと身に染みて思い、薫の、大君に対するその心深さを無視するわけにもいかないと、思い知らされた。この薫の想いを大君が生きておられればさぞかし喜ぶことであろうと、中君は姉の死を悔しく思うのであるが、大君が薫に世話される身となっても、自分の六君故に苦悩するように大君も、女二宮のために苦悩する事となり、姉妹が、互に羨みっこなし同じように不運を歎くことになろう。この世は何事も一通りの立派な身分でなくては、世間なみの人らしくなる事も難しいのだと、中君は一段と、薫に心を許してしまわずに、終ってしまおうと、大君のかつて考えた薫に向かう心構えを、深く思いだしていた。
中君の産んだ男の子を薫は、しきりに見たがるので、中君は恥ずかしいのだが、薫を疎外して子供を見せないわけにはいかない、懸想一つを受け入れぬと恨まれる以外のことで、この薫の感情を害したくないと、思い、自分で薫に答えはしなかったが、御簾の外に乳母に抱かれた子供を馨に紹介した。可愛らしさは、両親が、美しい匂宮と中君であるので当然の事であるから、忌ま忌ましい程まで、色は白く可愛らしくて、高い声でたわ言を言い笑っている顔を見ると、薫は自分の子供として世話したい程に
作品名:私の読む「源氏物語」ー76-宿木ー3-3 作家名:陽高慈雨