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私の読む「源氏物語」ー76-宿木ー3-3

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 枯れている庭草の中で、薄の穂が外の草より格別に目立って、手をさし出して、人を招くようなしぐさが、可笑しく見えるのに、まだ、穂に出はじめたばかりのも、露がかかって露を貫きとむる玉の緒は、風に頼りなく吹き靡くのは秋の常の様子であるが、薄であるからなんとなく淋しく感じる。匂宮は、

穂にいでぬ物思ふらし篠すすき
       招く袂の露しげくして
(篠すすきおまえは、顔色には出さない物思いをしているらしい、篠すすきをそそのかし誘う事が、頻繁なので)

 糊の工合なども、丁度よい程度になっている単衣などの上に、直衣だけを着て匂宮は琵琶を弾いていた。黄鐘調(イ調)の、掻き爪と合わせ爪の奏法でなんとなく淋しく演奏するので中君も、琵琶は好む楽器であるので、六君への嫉妬も忘れて小さな几帳の端から妊娠中であるので脇息に寄りかかって顔を出して演奏する匂宮を眺める姿がとても可愛らしかった。中君は、

あきはつる野べのけしきもしの薄
     ほのめく風につけてこそ知れ
(秋が終る(私を飽きてしまう)野べ(御身)の様子も,それとなく様子を見せる身ぶりにつけて、いかにもわかりまする)
自分の身一つが憂く情ない」

 と彼女は涙ぐむが、それでも恥ずかしいのか扇でごまかしているその彼女の心の中が、匂宮は自然に可愛いいなあと推量するのであるが、彼女がこんなに可憐で男の心を引くようであるからこそ、薫も、中君をよう思い切らないのであろうと、二人の仲を疑う気持ちが納まらないのであった。菊の花が色がまだ充分に変わらなくて、笆をわざわざ作って手入れをして植えた菊は、野菊に比べて何時までも変色しないのに、
その中の一本が立派な花であり、しかも変色しているのを匂宮は選んで折らせ、
「 是レ、花ノ中ニ偏ニ菊ノミヲ愛スルニアラズ、此ノ花開ケテ後ニハ、更ニ花無ケレバナリ(花の中で、一方的に菊ばかりを愛するのではないが、この花が咲いた後にはもう次の年の春まで花というものがないからだ」
 と詠って、
「何とかという親王が菊の花を眺めていた、そうタ方である、昔、天人が天翔って、御子に琵琶の曲を教えたのであった。どんな事でも、奥深いものが無くなってしまった末世のなりゆきは、天人も来ず、情ない事であるなあ」
 と言って琵琶の演奏を止めてしまうのを、中君はせっかくの演奏を止めるのは惜しいと思って、
「今の人の心は、いかにも浅いものである。そうではあるが、心が浅くなった上に、昔の奏法を伝承しているような事までは、どうして浅薄と言う程まで劣ってはいないでしょう」
 と言って、まだ、十分に習得していない奏法などを、中君は、聞きたそうに思っているようであるから、
「そんなに聞きたいのであれば、一人で弾くのは物足らないから、貴女は相手して合奏しなさい」
 と匂宮は言って女房に箏の琴を持ってこさせて、中君に弾くように言うのであるが、「昔、私が教えて貰った父の八宮から、しっかりと教えて貰って身につけずじまいになってしまったものであるから、合奏の御相手はできまいと存じます」
 と言って遠慮して、きまり悪そうに箏に手を触れないので、匂宮はその態度を見て、「こんなことにまで私を避けようとする、私が最近接するようになった六君は、まだ私とさほど心を解いて親しくなったわけでもないが、未熟な、初心の弾奏にも、私に遠慮することなく、見せも聞かせもしています。だいたい女性という者は、柔順で、気だてが素直なのが良い女と言われる、あの薫も、かつてそう思って懸想したようであった。あの薫にはこのようなことはなさるまい、彼とは仲がよろしいからなあ」
 本気で恨み言を言うので、中君は溜息をついて、箏を取って少し曲を弾く。弦が緩くなっているので匂宮の琵琶の黄鐘調に対して、盤渉調(ロ調)に調律する。掻き合わせの手など、箏の爪音が美しく聞こえる。
匂宮は「伊勢の海」を謡う。
 伊勢の海の 清き渚に しほがひに
 なのりそや摘まむ 貝や拾はむや
 玉や拾はむや
(伊勢の清らかな渚で、潮の引いた間に、ホンダワラを摘もう、貝を拾おう、綺麗な小石を拾おう)

 匂宮の歌う声が、上品で趣があるのを、歳を取った女房は几帳などの後に隠れて、近くに寄って来て、嬉しそうに機嫌よぐ聞いていた。女房達は聞きながらお互いに、
「中君を愛し、六君も愛すと言う二心がおありになるのが、つらいところだが」
「それも、匂宮などの身分の方には尤もなのであるから、六君を愛しなされてもやっぱり私の方の中君を、幸いな女と思いますよ」
「このような様子は、世間づきあいをなさるような、立派な生活でもなかった宇治のあの生活を」
「また宇治に帰りたいようなことを中君が言われるのは、心配なことである」
 と、言いたいことを言っているのを、若い女房達は、
「ああ、うるさいこと」
 と言って止めさせる。
 匂宮は中君に琴を教えながら、三四日ほど二条院にいて、六条院の六君には、忌み日に当たると口実を付けて二条院に留まるのを、六君は匂宮を恨めしく思い、それを夕霧が察して内裏からの帰りに彼は二条院へ来訪したので、匂宮は、
「参内の装束の大袈裟な姿をして、何をしにここに参ったのであろう」
 中君の部屋にいてぶつぶつ不平を言う。
それでも彼は自分の部屋に帰り、夕霧と対面した。夕霧は、
「特に用事がないので最近は、この二条院を訪問しなくて、無沙汰して久しくなっていますにつけても、昔は始終訪ねて来た事などを思うと感慨無量です」
 など、源氏や紫上在世の昔の話などを、匂宮に、少し言われて、暫くして匂宮を連れて六条院へ帰っていった。夕霧の子供の上達部達、子どもでない上達部や殿上人夕霧の供をしていた。その威勢のすばらしさを見ると、六君に並ぶことが出来ない中君を二条院の女房や下人達総てが悔しがった。その中の女房何人かが夕霧を覗き見て、
「夕霧は清楚な大臣であるなあ」
「どちらと優劣がなく、あれ程若く男ざかりで、美しい子どもの、タ霧に当然似ているかたも大勢で、夕霧は目出度い方である」 と言う者があり、また、
「タ霧は、あれ程な御威勢で、御自身が、わざわざ匂宮を御迎えに参りなされたのは、似合わない事である」
「わざわざ匂宮を迎えに自身で来られるとは、憎いことよ。気のもめる六君と匂宮との夫婦仲であるなあ」
 などと言って、中君が六君に圧され気味なのを嘆く女房もあるであろう。中君自身も、宇治の佗しかった生活を思出す事を始めとし、あの、六君の花やかな一族に何事も対等に立ち並ぶ事ができそうでもなく、見る影もなく見すぼらしい、世間から思われているのをどうしようか、どうにもならないと、夕霧来訪を見てますます心細くなり、気持ちを落ち着かせるためには、宇治に籠もっていることが見苦しくないであろう、などと中君はあれこれと考え続ける。そのようなとりとめのない様なことばかりが起こって年も暮れになった。
 正月の末日頃から中君のお産が近づき、