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私の読む「源氏物語」ー76-宿木ー3-3

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「そんなに大君に似た浮舟という娘が京に近頃現れたとは私は知りません。知っている事は、只、人づてに、かつて聞いた話の筋なのであるが、かって八宮はこの宇治の山荘に住む前に、亡くなられた北の方が死なれた頃に、北の方の姪で中将君と言って、八宮方に仕えていた上級の女房で性質などもよい人を、宮様はこっそりと愛人関係を結んだことを誰一人気がつかなかったのでしたが、女の子を産んでいました。八宮はそのようなこともあるであろうと、自分がこの世から離れるには、都合の悪いことで、厄介な厭わしい係累に、その娘を思われたのか、その後二度とこの中将君を世話することはなかった。その一件に、懲り懲りに思いなされて、ぞのまま直ぐに、出家した状態になられたので、中将君はきまりが悪く、いにくく思って、八宮方から暇をもらって出て行ってしまった。その後で陸奥の守と結ばれて妻になり、陸奥の国に夫と供に下向していたが、先年、京に上って来て、その女子が無事息災にしていることを八宮の関係者に言ってきたのを、八宮がそのことを知って、女子の成人したような消息を知らせて来るような処ではないと、告げて取り合おうとしないので、折角知らせに上がったのに取り上げてもらえないと中将は歎いていたそうです。
 そういう事があって後にまた、夫が常陸守になったので、中将君も、娘を伴って夫と共に下ったのであろうこの四年ほど音沙汰がなかったのであったが、この春に京に帰ってきて中君を訪れたと噂に聞いています。娘の浮舟も二十歳あまりになったということです。娘が風情のあるように、成長して、田舎でこのまま埋れるのかと悲しい事であるなど、中将君はひところ書面にまで長々と書いて来たと言うことも聞いています」
 薫はこの浮舟のことを詳しく聞いて、そういう八宮の娘であるならば、先日中君が言っていた、その娘は吃驚するほど大君に似ている事は真であろう。浮舟に会ってみたいという気持ちが薫の心の中に湧いてきた。「昔の大君の様子に少しでも関係しているような女には、知らぬ外国といえども私は尋ねて行こうと思っている。八宮が、自分の子供として認めなかったけれども、考えて見ると、その浮舟は、中君姉妹達の異母昧ではないか。わざわざ言ってやる程ではなくても、この宇治にその浮舟が来ることでもあれば、私が会いたいと思っていることを伝えてくれ」
「浮舟の母は八宮の北の方の姪に当たる人であります。この弁も北の方とは従妹ですので、その浮舟とは血縁関係の者と言うことです、その昔みんなは別々に、私は柏木に仕え、また筑紫にも下り、中将君も八宮から出て陸奥や常陸に下っておりまするので、事こまかば交際もせずにおりました。

 先日、京から、宇治以来の中君の女房の大輔の所から申して参った文には、この浮舟が八宮のお墓はどう行くのですかと、聞いてきたのでそのつもりでいて下さいと、言うことでしたが、浮舟はまだこの山荘にはまだお出でになりません。そのうちに、御逢いなされたいのであるならば、浮舟が墓参などに来た機会に貴方の逢いたいとのご希望を伝えましょう」
 
 夜が明けると京へ帰ろうと、昨夜遅くに
薫に遅れて到着した絹や綿などを阿闍梨に贈るようにした。弁尼にも与えた。寺の下級の法師たち、尼君の召使いなどのために布類までも用意させてきて薫は与えたのだった。山荘は心細い住まいであるが薫の見舞が、途絶えずにあるので、弁尼はその身分としては、体裁よく、いかにも落ちついて、尼としての勤行を励行していた。木枯らしがひどく吹き続いたので、葉の残った枝が全くなくなり散り敷きった紅葉の中を人が歩いた跡もなく一面に敷き詰めたのを薫は見つめたまま外に出ず。全く一ふし変った老木に寄生している蔦だけが紅葉の色をまだ残していた。せめて、この蔦紅葉だけでも、土産に、などと考えて、少し引き寄せて折り取り中君への土産にと考えた。

やどり木と思ひ出でずば木のもとの
      旅寝もいかに寂しからまし
(昔かつてここに宿ったと思出さないならば、宿木の下(山荘)の旅寝も、どんなにか寂しい事であろうになあ)

 と詠うのを聞いた弁尼は、
荒れはつる朽ち木のもとを宿り木と
     思ひおきけるほどの悲しさ
(荒れてしまった、朽ちた木(老い朽ちた尼)のもとを、昔かつて宿った所(宿木)と記憶しているのであった、心情の悲しさよ。大君は今はなくて、私だけなのに)

 歌は本当に古い形であるが、趣がない事はないのを、いかにも、大君も亡い今、これでも薫にとっては少しは慰めになると思うのであった。

 中君に薫が折り取って来た鳶の紅葉をさし上げた所が、丁度匂宮が中君のもとにいる時であった。
「南の三条宮から」と言って、取次の女房が、何の気なしに文に紅葉の蔦を添えて持ってきたのを、中君が、薫がいつものように、うるさい懸想めいた事があると困るがと、思うのであるが、匂宮の見ている前で隠すことも出来ない、匂宮は、
「珍しい蔦ではないか」
 と見て、意味ありそうに言って、蔦と文を手にとって見る。薫の文には、
「昨今変わりはありませんか、私は宇治の山里に参りまして、一段と、峰の朝霧のために晴れ晴れせず、悲しくて心が暗くなったのです。山荘の様子はそちらに出向いてお話しいたします。山荘の寝殿を、御堂に改造しようと思う事を、山の阿闍梨に万事を言いつけてしまいました。貴女の承諾があって後に、建造物を外に移転する事に致しましょう。弁尼君にこれこれと必要な指図をしてください」
 と言うようなことが書かれてあった。匂宮は、読み終えて、
「うまい工合に何げなく懸想心などは少しも出さずに生真面目な事を、書いてあるなあ。私が在邸していると、どうも聞いて用心したのであろう」
 と言うのも幾分当たって居るであろう。中君は真面目な文でほっとして良かったと思うのであるが、匂宮が強いてこのように言うのを、ひどいと、思って、匂宮を酷い人と、すねた風にした態度は、中君のどんな過失も、許してしまう気持ちになるほど艶があり美しいのである。
「薫に返事を書いてやれ。私は見ないよ」
 と言って中君の方から外の方へ目をそらした。エ合悪く恥ずかしく思って書かないのも怪しまれるので、中君は、
「宇治の山荘に行かれたとは、羨ましく思います。宇治の山荘は、御堂にと御考えなされた通り、よく考えてみますとなる程貴方様のご計画通り御堂に改造する事がよいだろうと、私も前に考えましたからまた、私の出家の折に、殊更に、別に山の奥の住み家をさがし求めるような事よりは山荘を住み家にするために荒廃しないようにと思っていますから、御堂に改造なさるならば、私は嬉しい事であります。
 と薫に返事をした。匂宮は中君の文を見ながら、後暗い様子もない、中君と薫二人が仲が良いだけのことであると、見ていたが、それでも浮気男は他人も浮気するものと思う癖があるので、二人の間を、普通の関係ではないであろうと、不安なのであろう。