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私の読む「源氏物語」ー75-宿木ー3-2

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 聞いて薫は、古歌にもある通り、誰であっても、千年生き延びる松でない、はかないこの世であるからと、考えると、中君の容体が、大層気の毒で、可哀そうであるから、彼は近くに呼んだ少将の君が、聞いていたとしても遠慮もなく懸想じみた言葉を除いて、以前から、中君を慕わしく思っていることを、中君だけには理解してくれるように、他人は別に、聞き苦しく聞くことがないように、体裁よく、聞きよく考えて話すので、聞いていた少将の君は、人の言うようになる程中納言は世にも珍しい、気持の持ち主であると、聞き入っていた。薫はどの様なことであっても必ず大君のことを心に思い出していた。
「幼少の時から、私は俗世間と縁を切って、独身で一生を終ってしまうような心構えでおりましたけれども、大君に恋焦がれるという宿縁に出会い。もともとの願望であった、あの出家人道の道心は、頓挫してしまったのであろうか。大君他界の淋しさを忘れるために女の所に行って体を慰め、その女と睦み合えば、そのことによって、大君を思慕する感情の紛れる事もあろうかと、自分でも考えたことがあったが、私の気持は大君以外の女にとても靡く事が出来そうになかった。思案に余って意志が私だけでなく誰でも弱くなるものなのであるから、私の態度を好色がましいように、中君は思われたことであろうと、自分では恥ずかしいことで、あってはならない邪恋が、少しでもあるならば、それこそ呆れたことでしょうが、それはありませんから、今まで通り、これ位のことで時々は私の考えをお聞かせし、また貴女も心置きなく親しく話しをして,私も話しをするような事を、誰が咎め立てしましょうか。世間一般の男に似ない、私の気質の生真面目さは、誰からも非難をされることはないと思います。だから私のことを安心な男と思ってください」
 と薫が喋り続ける、さらに、
「さきに、私に頼まれたことなどは忘れてしまいましたけれどもねえ。貴女はそのことを覚えていて、宇治の山里へ出立の支度のために、やっと私を頼みとされるのか、
それも、私の気持を認める点があるので、使いなされると、そのようには私は考えてはいませんよ嬉しく思っています」
 といって、まだ言いたいことがありそうだが、薫は少将の君や女房達が中君の側で聞いているので思うままに言うことが出来なかった。
 外が暗くなってきて、闇の中で虫の鳴き声ばかりが聞こえ、築山の方が暗く何も見えないのに、薫が柱に寄りかかって帰ろうともしないのを御簾の中から中君は嫌なことだと思ってみていた
「せめて限度だげでもある恋ならば、年が立てば物思いもしないであろうに」
 という歌、坂上是則の「恋しさの限りだにある世なりせば年経て物は思はざらまし」 と古歌を声を殺して詠い、
「私は、大君の慕う気持ちが頭の中一杯でどうしようもありません。泣いても、泣く音が聞えない住み家でもさがし求めたい。あの宇治の山荘の近くに寺などは建立しなくても、何処かに、昔を自然に思出される大君の像でも作り、または、絵にでも描いて、菩提を弔いたいと思うようになりました」

 中君は、
「そのお気持ちはしみじみと有りがたく感じます、殊勝な御発願であるけれども、折角作ってもまた、人がたを流す御手洗川が、いやに近いので、直ぐに流し捨てられる気がする人がたは、姉大君にとって気の毒ではありませんか。また、大金を要求する絵師が居ると言うからなんとなく心配です」
「そうですねえ。像を作る職人(彫刻家)でも、絵を描く絵書きでも、私が気に入った物を作ってくれるでしょうか、無理なことでしょう。近世に、仏の像が霊妙であった為に、天が蓮華の花を降らせた程、巧妙な職人(彫刻家)もおるのでござりましたよ。その職人がのような、神変奇特な奇蹟を現わす工匠がおればよいのになあ」
 とあの話この話につけて薫は大君が忘れられない気持ち深刻なので、中君は気の毒に思い、少し薫の方へいざり寄って、
「人がたの話で、私は、思出してはいけない事を、不思議に思出したのでございます」 といつもよりもしみじみと薫に語りかけるので、薫は嬉しくて、
「何のことですか」
 と言いながら几帳の下から手を入れて中君の手を捕まえると、困ったことをまたなさると思うが、どのようにしてでも、薫の、このような邪恋を止めて、穏やかな交際をしたいと思うから、側にいる、女房の少将君が変に思うかと、気にすると面白くないので、薫に手を取られたまま自身は何気ない風をしていた。薫に、
「近頃、この世に存命していようと、今まで長い間は知らなかった人が、この夏に遠いところから都に出てきたのを、私が尋ね出しました。だから、他人扱いに、よそよそしく思ってはいけないのであるけれども、そうかと言ってまた、今までさほど親しくはないと、以前には考えておりましたのに
、その人が最近私を訪ねてきて、会いましたら間違えるほど大君にそっくりで、私は、懐かしく自然に思えました。大君の形見に見ようと思召すのには適当とは言えませんことは、女房たちも姉とはまるで違った育ち方の人のようだと言っていたことで確かですが、顔や様子がどうしてあんなにも似ているのでしょう。それほどなつながりでもございませんのに」
 と中君が突然言い出したのに薫は夢物語でも聞いているのかと、
「当然、貴女に頼るべき縁故があればこそ貴女を訪ねて来て、貴女に親しくなさるのではないか。貴女は今までどうして少しでも私に話されなかったのかなあ」
「いやまあ。どうの様な縁故の者かは、どの様な形であれ私には判断が付きかねましたことで、頼りない境遇などで、私達姉妹が生き残り,流浪しようとするかも知れない事があるであろうと言うことだけを八宮は気がかりであったうえに、姉が亡くなった後私がただ一人で、父八宮の心配事を抱えているのに更に又、面白くない事をまで加え、しかも、その事を、世間の人までもが騒ぎ立てれば父宮に申し訳が立ちません」 と話すのを薫は聞きながら、これは八宮が何処かの女と懇ろになり、その子供の事であろうと了解した。大君に良く似ているという言葉に、薫は気になり、
「これほどまで語られたのであれば、もう少し詳しく話してください」
 不審に思ってもう少し聞きたいのであったが、父宮の隠し子のことでもあり、工合が悪いので中君はこれ以上は語らなかった。「その人を訪ねてみようという気持ちがあれば、どの辺に住んでいるとは言えますが詳しいことは分かりません。またあまり言いますと、気乗りがしなくなるのではと思います」
「大君が亡くなり、この世を憂くつらく思うから、海の中にでも大君の魂があるかどうかを探るとすれば、あるったけの気持ちを総て出して進まなければならない。そうは言っても、全く海中にも進んで行く程までに、その人の事は考えることは出来ないが、大君が亡くなられて全く、このように、慰めようとしても慰めようのないよりは、その人に会ってみようと思うのである。大君の像を作ってまで、宇治の寺の本尊にしようなどと願ったが、その願の程度に、どうしてその人を、宇治の山里の本尊にしようとも考えないであろうか、その人は、人がたよりは勝るであろう。その人のことをはっぃりと言ってください」
 と間をおかずに中君に問いただす薫であった。